2007年3月13日(火)
青松寺があります。
東京慈恵会医科大学。
大学の本館と隣りには付属病院もあります。
中央棟と病院2号館。
御成門側から、ぐるっと回って、大学の裏へ・・・。
その門の側に立っている記念碑。
看護婦教育所発祥の地。
東京慈恵会医科大学は、高木兼寛によって明治14年(1881年)、成医会講習所の創立から・・・。
高木兼寛は、脚気の原因が栄養障害であることを提唱し、日本海軍から脚気をなくした人として世界的に有名とか。
あの森鴎外がいた陸軍では、科学的根拠がないとして栄養改善を行わず、なおも脚気による犠牲者を出し続けたようですが。
さて、その高木兼寛が、東京慈恵会医科大学の前身である有志共立東京病院で看護婦教育所を明治17年(1884年)に設置。
アメリカ合衆国から看護婦のM.E.リード女史を招き、金曜日と土曜日に看護教育を始めたとか。
それはイギリスのナイチンゲール看護婦学校を手本にしています。







