2007年3月7日(水) その2
東京大学は赤門から外へ・・・。
東京大学を後にして・・・。
再び、本郷3丁目交差点。
国道254号線の春日通りを行きます。
途中、長~い坂を下ります。
東富坂。
この交差点からは東京ドームシティのラクーアの観覧車、ジェットコースター何かも見えますネェ~。
都道301号線の白山通りを行きます。
しばらく行くと・・・・・。
何やら小さな石碑があります。
樋口一葉終焉の地。
樋口一葉は明治29年(1896年)、この地で24歳という若さで亡くなりました。
この石碑は、文学碑として昭和27年9月建てられたそうです。
樋口一葉の明治27年4月28日と5月1日の日記を写しているんだとか。
このまま白山通りを行きます。
途中、旧白山通りと分岐する近くの白山下交差点。
蓮花寺坂。
天正15年(1587年)、開基した蓮花寺は、この側にあります。
途中にて・・・。
小石川植物園の裏手に出ます。
この先は下り坂。
御殿坂。
御殿坂は、小石川植物園の辺りに五代将軍徳川綱吉が将軍就任以前、館林時代の屋敷があったところで、もともと白山神社跡であったため白山御殿と言われていたことによります。
またの名を大坂・富士見坂とか。
東京大学大学院理学研究科付属植物園。
小石川植物園。
綱吉が将軍になって後、この地に幕府の薬園ができ、その後、小石川養生所もできました。
赤ひげ先生が活躍したところ。
また、青木昆陽が甘藷を初めて栽培したところです。
明治になって東京大学の付属植物園になりました。
この小石川植物園に入るには・・・。
でも、ここは・・・・・。
御殿尋常小学校跡。
明治45年(1912年)、この地に東京市御殿尋常小学校が創られました。
開港当時、1400人を超える児童数がありました。
昭和12年、近隣の火災により校舎が全焼。
児童は各町の小学校に分散し授業を受けました。
仮校舎を創ったものの、戦争のため本校舎の再建はならず、昭和21年(1946年)、廃校になってしまいました。
印刷機の音が多く聞かれます。
小石川植物園の端に近づきました。
見えてくるのは・・・。
東京大学総合研究博物館小石川分館。
東京大学の前身であった旧東京医学学校の本館です。
この中も見学できます。
しかし・・・。
そう、ここが開いているのは・・・毎週木・金・土・日・・・・・。
今日は・・・???
うわぁ~ん。
すぐ横の坂を上ってみます。
網干坂。
網干坂は、白山台地から下に流れていた千川に繋がる坂。
千川では漁師さんが網を干していたからとか。
明治末まで、氷川たんぼと呼ばれる水田地帯だったそうですが、大雨による水害が頻発するようになったため、昭和9年に千川は暗渠になりました。
千川は、その昔、小石川と呼ばれていたようですね。
いずれ、また・・・・・。

























