2006年9月16日(土) その7
仁徳天皇陵へ行きます。
堺市役所高層館展望フロア模型地図
けやき通りから大阪中央環状線に出て、仁徳天皇陵のの方へ行きます。
陸橋があるので渡ります。
陸橋から・・・反正天皇陵。
仁徳天皇陵。 高い建物は、堺市役所高層館。
陸橋から天皇陵を眺めてみれば・・・。
って、教えてくれたのは、市役所高層館
展望フロアーであった観光ガイドのおじさん。
それぞれの小高いところが見える場所だから
ってことだそうです。
仁徳天皇陵は三重の濠になっています。
見えているのは、一番外の堀。
陸橋のすぐ下に立っている案内。
正面まで、ほぼ半分の場所。
ここは、1,400mコースってことで・・・。
大阪中央環状線沿いをしばらく歩くと、
住宅街に入っていきます。
そうなんです。
古墳の隣りは住宅地。
住んでいる人にしちゃあ、昔からそうだってことで、
当たり前なんだけど、歴史の違和感を感じますね~。
外側の堀を挟んで向かい側、土手?になっていますが、自然に木々が生え放題。
手入れは一切してないようです。
時々、切れ間から、2番目の濠が見えたりします。
白鷺が悠々と飛んでいます。
住宅街をしばらく行くと・・・。
初霜坂ってところに出ます。
ここは、仁徳天皇陵の濠から水が流れ出して
いるところになります。
整備されていて、公園になってますね。
子供たちが、何やら捕まえにきてました。
ちょうど、濠から水が流れ出るところの欄干に
和歌が彫られたプレートがありました。
初霜坂
心あてに
折らばや折らむ
初霜の
おきまどはせる
白菊の花
凡河内躬恒の歌です。
少し行くとここにも・・・。
ありつつも
君をば待たむ
うち靡く
わが黒髪に
霜の置くまでに
万葉集に収められている歌で、
仁徳天皇の皇后、磐姫の歌です。
ずいぶん歩きましたね。
そこに石碑が見えます。
大正15年から昭和45年まであったのでしょうか。
仁徳天皇陵に隣り合わせるように、古墳があります。
銅亀山古墳。
こんもりした小山に見えるのですが・・・。
鉄線が張られてなければ、気がつかないね~。
やっと前方後円墳の前方の辺に来ました。
御陵通りだそうです。
天皇陵の向かい側は公園になっていて、堺市博物館や日本庭園なんかがあります。
御陵前の庭園。
石碑や、時計台があります。
仁徳天皇陵です。
一番外側の濠。
仁徳天皇
百舌鳥耳原中陵
二番目の濠です。
明治100年記念植樹をしたんですねぇ。
普段では、外側の濠を越えたところまで
いけます。
特別な時に、2番目の濠を越えることが
出来るそうです。
しかし、一番奥の鳥居のあるところまでは
行く機会がないそうです。
しかも、天皇陛下でさえ行くことができない
とのこと。
今でも、古墳には石棺や埋葬品が埋まっているようです。
明治時代や江戸時代で修復工事したときの記録があるそうで、それはお隣の
堺市博物館で展示されています。
その8につづく。



















































