2006年9月16日(土) その4
龍興山 南宗寺に行きます。
鐘楼と外側から見た本堂です。
中に入って行きます。
拝観受付までの通路。隣りには、禅堂があります。
南宗寺は、1526年(大永6年)、南宗庵が作られた
ことから始まったとされます。
畿内を支配していた戦国大名、三好長慶により三好家
の菩提寺とされ南宗寺となったとか。
1574年(天正2年)の松永久秀の乱、
1615年(慶長20年)の大阪夏の陣
で多くが焼失しました。
後に、1619年(元和5年)、沢庵住職と堺奉行若狭守勝重
により再建されました。
拝観には、奥の受付で、拝観料を納めます。
ちなみに400円です。
受付の場所から最初に見えるのが・・・
坐雲亭。
この中に、徳川二代将軍秀忠、三代将軍家光の御成を記した板額がかかっているそうな。
この近くに・・・
千家一門の碑。
利休宋易、表千家の不審庵、裏千家の今日庵、
武者小路千家の官休庵の碑があります。
利休の茶の師、武野紹鴎の碑。 室町時代の連歌師、牡丹花肖柏の碑。
三好家一門の墓。
戦国大名、三好元長、長慶親子をはじめ、その子孫のお墓です。
そしてその向かい側にあるのが・・・・・。
どうもこれが徳川家康のお墓のようです。
石に刻まれた文字を見ると・・・
無銘ノ塔
家康○諾ス
観○在
家康の文字が・・・。
これか~。
話によると、大阪夏の陣で徳川家康は、
後藤又兵衛の槍により討死。
この南宗寺に埋葬されたとのこと。
二人の将軍の参拝、東照宮が祀られていた
ことにより伝説として残ったと、このお寺の
解説は伝えています。
反対側の渡り廊下から・・・。ところどころ瓦が刺さってます。
本堂へ行きます。
本堂の中には入れませんが・・・。
本堂脇にある枯山水。
本堂から歩いてきた方を見ると・・・。
唐門があります。
国の指定重要文化財。
ここにあって太平洋戦争で焼失した東照宮の
門です。
さて、焼失した東照宮の跡に建てられたもの。
それは・・・。
徳川家康墓と彫られた石碑。
水戸徳川家の家老の子孫により建てられたとか。
仏殿の方へ行きます。
仏殿も国指定重要文化財。
1652年(承応元年)に建立とか。
中央に釈迦如来、左右に文殊、普賢の菩薩
が安置されています。
ここの天井は・・・・・。
八方睨龍。
狩野外記信政の作です。
仏殿を出て、受付の建物の方に戻って行きます。
土塀も、瓦が挟んであるんです。
ぐるっと周って、終わりです。













































