1ヶ月ぶりです。

なぜまた思い出したように書いたかというと。

私のひとり言のようなブログを見てくれた人がいてちょっとだけやる気になりました上げ上げ


さて、ちょうど1ヶ月まえの今頃は京都で座禅を組んでいたよ。旅行も兼ねて。

旅行なんかを兼ねるところからも座禅に対する姿勢がたいしたこともないように見えますよね(´_`。)

けれど、本人は結構本気でした。


まず、朝は5:20起床ううーー眠い。まだ外は暗いです。。

そしてお庭で気孔。だんだんと薄明るくなってきて、近所の農家のニワトリが鳴いたりヒヨコ小鳥がさえずる中で朝の清清しい空気を鼻から吸って口からゆっくり吐いてゆっくりとした動作で気持ちがスーっと研ぎ澄まされていきます。気孔は初めてだったけど、天と地からエネルギーをもらうイメージがわきました。


その後朝の座禅を1時間です。

一点を見つめ、下腹部でゆっくり呼吸をし、自分の呼吸だけに意識を集中して一切動かない。

今回の参加者は20名くらいいたのですが、虫の羽音が聞こえるほどの静けさで人の気配がないほどなんです。

足がしびれたり、おなかがすいたり、ちょっと顔をかきたくなったりたくさんの雑念がわいてきます。

無になるということはボーっとすることとはまったく違って本当に難しいショック!

その後、お経を読み終了。


お寺の食事は質素だと思っていた私にはとても意外でした。

おかゆと野菜のおかず。野菜をいろいろと工夫して3品ぐらいのおかずを用意してあります。

味付けもとっても上手。もちろん、いろいろと細かい作法にのっとって、音を立てず食べることも修行!


その後、また境内の手入れや作業をし、夕の座禅は1時間30分。10:00就寝。

三泊四日の体験でした。


今回の修行の目的は今の自分を見つめ直し、今抱えている悩みや心のモヤモヤを晴らす方法を見つけたいというものでした。その目的が達成できたかというと実はできていません。なんせ、座禅は無にならなければならないんです。考えてはいけないの。


ですが、老子から貴重なお話を聞くことができました。

自分のありのままを受け入れる。

超えられない苦悩を神様は与えない。

時間と共に悩みは解決し、そのときにはまた新たな悩みがおきている。

永遠に悩みは尽きないものだから、苦悩を幸せと思いながら過ごそう。

悩みは解決するプロセスが大事で、それを超えたときに成長がある。


私は最近なにかと焦って不安になってばかりだったけど少し楽になりました。