なにもこの年になって恋愛の講釈をしようというのではありませぬ。
小六堂店主のささやかな趣味を披露しようと云うのであります。
えっ、余計誤解を受ける?
まあ、そう云われても仕方がないのですが、ちょいとばかりお時間をいただいて、戦前の発禁本をご紹介しようと思っているのです。
それ見てみろ、という声があちらこちらから聞こえてきそうですが、それはちょっと置いておいて話を進めましょう。
当時は軍国主義の時代ですから、少々のことでも、やれ風紀を乱す、治安を乱すだの、実に権力者の横暴な時代でした。今もさほど変わらんじゃないか、とお叱りを受けそうですが、これについてはまたの機会ということで先を急ぎます。
戦前の出版業界の風雲児と、ワタクシが勝手に片思いしている御仁がおりまして、名を梅原北明と云います。彼は投獄をも恐れぬ強者、当時流行ったロイド眼鏡が実によく似合う梅毒持ちの人物で、エログロナンセンス時代を大いに闊歩していたのでした。彼が出版した書物は相当数ありますが、またその多くが発禁の憂き目にあいました。
そんな彼の盟友に魔術研究を先駆け、西洋好色文献を蝟集し究めた異端児・酒井潔という、傑出した人物がおりました。あの澁澤龍彦に影響をあたえたと云われるぐらいですから、そのすごさがわかるものです。
その酒井が手がけた代表作に『愛の魔術』(昭和4年・国際文献刊行会)というのがありまして、いま読めば、その内容はとても発禁になるほどのものとは思えませぬが、当時は風紀を乱すいかがわしいものとして、取り締まりの対象物だったわけです。
しかしいつの世にも隠れた愛好家というのがおりまして、高名な実業家から、お堅い役職のお偉いさんまで、全国地下深くにファンが散らばっておりました。そんな奇特な方々が居てくれたおかげで、少部数ではありますが、現在でも取り締まりや戦火を逃れて、その姿を見せてくれているのです。あーありがたや。
その書物の美しさは目を見張るほどで、酒井のセンスの良さがわかる仕上がりとなっております。これをみると、当時の出版人たちの鬼気迫る作品づくりに、ただ敬服するしかありませぬ。命をかけた作品を前にして、今では到底真似できないと、ただただ感嘆するしかないのです。しかし彼自身は、血と汗との結晶からなる名著などではないと大いに謙遜されておられるが、その苦労は並大抵ではないであろうと、容易に想像できるのです。
うちの書物は普及版ですが、豪華版になると、羊皮装丁になっているんですね。なんと贅沢。いつか出会うことがあるかしらん、などと妄想が膨らむのでありますが、、、。ええ、ええ、妄想です。もちろん夢想するだけです。買うなんて云ってません。あー、ごめんなさい。
それはさておき、この作品は愛の魔術というだけあって、「宝石の魔術」なる章もあり興味がつきません。宝石には遙か昔より魔力があると思われていたようで、呪術に宝石を使っていた例は古今東西ごまんとあり、切っても切れぬ関係性があります。
ちょっと面白い話がでていましたので、一部ご紹介しましょう。(一部掲載されている文字を修正しております)
「指輪を一箇御用意遊ばせ、御嬢様方! 先ず卓子の前に座して、卓上に廣き鉢を置き指輪を一本の毛髪で結び、其の毛髪を左手の拇指と食指とでつまみ、それを鉢の上に吊し、不意に指輪を鉢の上へ降す。すると指輪が動揺致します。其の揺れ方で判断するのであります。
左へ揺れたら:ご希望に副ふ事は出来ません。
右に揺れたら:きつといい事があります。
あなたの方へ揺れたら:あきらめ遊ばせ。
反対に揺れたら:戀は叶ひます。」
だそうです。気になる方はお試しあれ。
ついでに指輪の隠し言葉を。
食指に嵌めた指輪は、『愛し合ひましょうネ!』
中指に嵌めた指輪は、『あたし、もう、あんたの物よ』
無名指に嵌めた指輪は、『駄目よ!あたし、もう結婚しているの』
小指に嵌めた指輪は、『あたしは御嫁に行きませぬ』
それでは最後に宝石の魔術を一部ご紹介して、本日の締めといたしましょう。
緑柱石を耳に懸けて持てば、愛情を得る。
珊瑚は流行病を予防する。又愛人の死に會すれば色が褪せる。
紅瑪瑙は破壊と裏切りを防ぐ。
猫目石は邪視を防ぐ。
橄欖石は妻の裏切りを防ぎ、愛情を増す。
ルビーは悲哀及び戀の苦みを打破する。
トツパーズは復讐の恨みに対する護符である。
人の心を癒やしたり、惑わしたりと何かと忙く利用されていたようですが、宝石には罪はありませぬ。地球の年月と同じぐらい長い間存在していた古つわものですから、人から見たら、そりゃあ「神」と崇められても仕方のない存在でしょう。石に宿るその美しさそのものに、人は妄想し、あらぬ幻想を抱いては、その美しさに恋し、果ては嫉妬し、到底人には真似できぬモノと悟り、神と魔との両義性をみていたのかも知れませぬ。
ふと、焼けた書物をつらつら眺めていると、つかの魔、宝石にまつわる埋もれた裏面史をチラチラ見た気がして、白昼夢のごとく空想させられるのでした。
(文字注:卓子=机、食指=人差し指、無名指=薬指、緑柱石=ベリル・一般的にエメラルドなど、紅瑪瑙=赤めのう・カーネリアンなど、橄欖石=ペリドット)



