両親が作家吉行エイスケと美容師の草分け的存在あぐり。兄が作家の淳之介、姉には女優和子をもつ詩人で作家の吉行理恵とはどんな人物で、いかなる作品を生み出すのか以前から気がかりであった。それなのにいまだ未読。何冊か抜いたであろう古書はすでにどこかに埋もれているため、探すのもおっくうである。そんな折り、ちくま文庫から『湯ぶねに落ちた猫』が発売されると知り、よい機会が到来したと、さっそく読み始めることにした。
感受性豊かで人一倍繊細な人だったのであろう。こよなく猫を愛し、ドビュッシーのピアノ曲を聴くことを好み、植物の月見草を愛でた。自身を否定しつづけ、純粋なものを求め続けたのではなかろうか。その象徴的なものが「猫」であり、一定の距離をお互い認めつつ、慣れ慣れしたつき合いのない、純粋な眼を持つ「猫」が終生の友であったようである。
多分に兄淳之介の影響を受けていたようである。クレーやドビッシュー好きも、おそらく兄の影響であろう。当然、周りから淳之介の妹として不当に扱われる経験も数限りなくしてきたことは想像に難くないから、傷つき、兄と距離を保ってきたことも事実であろう。しかし、理恵の支えは、活字で表現をすることであり、それが唯一、自身の存在を確かめるものだったのである。初詩集を自費出版する際には、淳之介の援助を受けている。そして、淳之介は自ら進んで、頼まれもしていないのに、その詩集の附記を書いている。そこには、淳之介が理恵の小学生の時に書いた作文を大事に保管していたことが書いてある。通常、そのようなことをしない淳之介が大事に取っておいた背景には、その文章を読んだ際、理恵が将来向かうであろう道を、薄々感じ取ったからではないかと思われるのだ。おろらく作家吉行は、妹の内に秘めた何ものかを冷静に分析したに違いないのだ。
本を閉じると、どうしてもドビュッシーの曲が聴きたくなった。
- 湯ぶねに落ちた猫 (ちくま文庫 よ 22-1)/吉行 理恵
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