ムギュッです。
更新が遅くなり、申し訳ありません。
今回は前回の続きです。
前回のまとめ
前回は「弱いものいじめは楽しいけど普通は相手の事を考えるから暴力は抑制される~」と、まあ、そんなお話をしました。
今回は、具体的な例を挙げながら、僕らの暴力性について考察します。
1. 内面にある暴力性
前回の記事で「暴力は強い人が弱い人に対して行う」と書いたけど、その理由の一つは弱い人を攻撃しても攻撃した方に不利益がないことです。
例えば、おまいら自身や周りの人で車の運転中に前の車がノロノロしているような場面で「おい!早くいけよ!」とか、普段は言わないような文句を言い出す人っていませんか?
車の中だと相手の文句を言っても相手には聞こえないので相手からの反撃はありません。なので面と向かっては言えないような文句も言いたい放題となります。コッソリ文句を言ってるだけなら問題はないのだけど、相手を煽るとか、クラクションを鳴らして威嚇する、といった具体的な行動までいくとこれは問題です。
普段は「弱い人」でも車に乗れば安全が保障されるので、一時的に「強い人」になります。この時にどういう行動をとるかでその人の暴力性を確認出来るかもしれません。
2. 虐待、パワハラ
暴力というと、先に挙げたいじめの他にも子供への(または親への)虐待とか職場とかのパワハラもそうだと思います。
虐待やパワハラはどちらも相手に何か恨みがあるわけではないと思います(そういう場合もあるかもだけど)。僕が見聞きした範囲では「相手が思い通りに行動しない」とか、そんな理由で相手を攻撃しちゃってます。
「突発的に頭にきた!」という場合はちょっと違うけど、虐待やパワハラは日常化している場合に問題になると思うので、「思わずカッとなりますた!」なんて言い訳では説明がつかないですよね?
要するに、本人も自分の暴力性をちゃんと認識してないように思います。
3.暴力性の認識
僕が大学の研究室にいた時、ゼミとかで出来ない学生がいると怒鳴り散らす教員がいました。
なんでわからんのや~!?
今まで何を勉強しとったんや~!?
・・・なんて感じで怒鳴りまくるので、学生は恐がって質問も出来ないという状況でした。いわゆるアカハラ(アカデミック・ハラスメント)と言われる事例です。でもこの教員は必ずしも「悪い人」というわけではなくて、むしろ教育熱心でまじめな人でした。でもやってる事は完全に暴力。実際、僕は何度もこの人が
言いすぎてしまった~
とか言ってヘコんでる様子も目にしていて、親子間の虐待とかでも似たようなケースが多いんじゃないかと思います。おまいらの周りにはそういう先生とか、上司とかはいなかったでしょうか?
僕はよくこういう暴力性を持ってる人と、そうでもない人の違いは何かな?と考えるのだけど、やはり致命的なのは自身の特性や行動を認識出来ていない事だと思ってます。
4.子供の頃の思い出
子供の頃、近所の友達と一緒に、地面に掘った穴の中にカエルいれて爆竹を放り込む、という遊びをした事があります。「頭がおかしい」としか言いようがないのだけど、あの時は面白いと思ったんですね。
でも、やがて友人がカエルのお腹に爆竹を突っ込んで爆破すると言い出し、僕は「それは可哀想だ!」と言って止めたのを今でも憶えています。でも後になってから穴の中にカエルを閉じ込めて爆竹を放り込んでる時点でじゅうぶん可哀想だと気がつき、それ以来カエルをいじめなくなりました。これは要するにカエルが可哀想という当たり前の話を認識しただけで行動が変化した一例です。
敢えて子供の頃の例を挙げたけど、僕はおそらく大人の場合も同じだと考えています。
5.暴力性と社会性
そもそもこうした暴力性は人間が長い時間をかけて獲得した能力という側面もあると思います。でも現代の人間は大勢で「社会」を構成して、なるべく争いのない生活をしましょうね、という事になってるので、暴力性を抑制出来ないのは社会性が欠落しているという事になります。
動物も植物も基本的に自分より弱い物を捕食して生存するしくみになっているので、僕たち人間もきっと弱い物が大好きなのだと思います。だから自分より弱い人を見つけるとつい攻撃してしまうのかもしれません。
人間も動物の一種なのでどうしても弱肉強食に向かってしまいがちです。だけど「僕らに都合がいい社会」はこれとは逆さまで「弱くても安心出来る社会」です。それだと強い人には不都合と考える人がいるかも知れないけど、例えば強かったけど変な病気になって弱くなった~という場合もあるので、やはり誰にとっても弱肉強食な社会は具合が悪いです。(人間はそもそもぶっちぎりで強いからそうなるの)
みんなが自分の暴力性をちゃんと認識して、弱い人をやっつける人ではなく、助ける人になれたらいいと思います。
6.最後に
学校の先生はいつの間にか偉そうに生徒を叱る事が楽しくなります。上司の立場で偉そうに部下を叱る事も楽しくなります。弱い子を見つけるといじめてしまいます。自分は強い、自分は安全、と認識した途端に普段は表に出ない暴力性が出てきたりします。
家族や学校、会社、国、世界と色々な社会の単位があるけど、どんな社会であっても「弱い者いじめはダメ」が原則です。そもそも人間は一人では生存できない程に弱いから社会を作ってるわけですからね。
暴力性の根底に人の本質がある以上、これを完全否定するのはダメです。でも本当に恐ろしいのは暴力があることではなくて、それを抑制する仕組みが機能しないことです。
つまり、いじめを見てないフリをする人がいるのが問題ということですね。
おわり。
![]()



