毎月、聖子ちゃんの家で開催する
満月の日のバースカフェ。
夏の特別企画ということで、
最近、親しくしていただいてる
官洞ギャラリーの館長
戸田郁子さんにお願いして
お話会を企画。
8/24を心待ちに待っておりました。
ところが、前々日から
その日は台風が来そうだと聞き、
前日には
今回、かなり大型の台風だから注意しろと
スマホがビービー鳴り
学校も24日は休校になり…
どんだけ、ごっつい台風が来るんやろ

でも、戸田さんのお話会
あきらめきれない。

台風が来そうになると
”金龍を使って
台風をコントロールしてもらうよ!”
と言ってる
やぶちゃんの言葉を思い出して
金龍に念を送ってみたら
なんと

台風、見事に弱まり逸れていきました

ということで、
無事にお話し会
開催できました~~

初めにイギリス帰りの聖子ちゃんに
今回の旅で感じたことを
話してもらいました。
(いつも写真を撮り忘れてゴメンよ
)


そしてメインの戸田さんのお話。
中高生の頃までは
なぜだか中国に惹かれていて
大学生になってから
韓国の日帝時代のことに興味をもち
なぜだかわからないけど
そこを知りたい‼
の思いが強くなり
親の反対も押し切って
韓国に渡り
日帝時代の歴史に迫るために
高麗大学の有名な教授に
弟子入りしたい一心で
無謀にも教授の研究室のドアを叩き
(高麗大学生でないにも関わらずですよ!)
安重根が伊藤博文を暗殺した
ハルビンになぜだか引っ張られ
中国にも留学し…
と、まあ、終始こんな感じで
本当に周りの声には関係なく
自分の魂の声に従って
人生を選択し
歩んで来られた方なんだなあということが
つくづく、よくわかりました。
そしてこれまで
作家としても、翻訳家としても
通訳家としても
ご活躍されながら
今は、歴史や文化を通して
韓国と日本、そして
中国を繋げたいという思いで
韓国人、日本人を同時に連れて
中国ツアーを企画もなさってます。
現在は仁川の租界と呼ばれる地域に
90年過ぎた日本人が建てたという
長屋の古民家を補修して
住まわれています。
その長屋のお隣では
ギャラリーとゲストルームを運営。
なかなか、素敵な空間です

奥にはゲストルームもあり
2階にはメインの展示室
3階は図書室と屋根裏ゲストルーム
面白い構造です)
戸田さんのお話しを聴きながら
一番感じたことは
知るということは
関心をもつということ
そして、それは
愛に繋がることだなあということ。
そして、知った事実を
事実として伝えていく。
良いとか悪いとかのジャッジではなく
蓋をしようとしてしまった事実を
伝えながら
自国(自分)の立場からだけではなく
相手国(相手)の立場にも向き合う
そのことの大切さを
感じさせていただきました。
それ以外にも写真家のご主人のこと
息子さんのことなど
隠さず、飾らず語ってくださって
本当に素晴らしいお話会でした

仁川って韓国人も案外知らない
歴史がある穴場がいっぱい。
戸田さんのおかげで
色んなことを知ることができました。
韓国に住む日本人として
どうあるべきかということも
たくさん考えさせられました。
聖子ちゃんと共に
1ヶ月以上も前から
このお話し会を企画しましたが
本当に良かったです





今日も読んでくださって
心から、ありがとうございました。
全ての皆さんに
絶対尊敬と真の愛を
送りたいと思います





生きているだけで素晴らしい





追記
Mちゃんが、あとで素晴らしい感想を
送ってくれました。
長いのですが、掲載させて
いただきます











戸田さんの直感と行動力にとても関心しました。
あの時代に女一人で、よくやって来られたなと尊敬の気持ちがフツフツと湧いて来ました。
中国と韓国と日本の関係がもっと良くなっていく事を心から願っています。
従軍慰安婦のおばあさん達が言っておられたのを聞いた事がありますが、お金が問題じゃないと、日本の政府が心から謝罪してくれる事が自分達の願いだと。
もちろん、戦後日本が韓国に賠償金を支払っていたとは言え、そのお金が韓国の近代化に使われていたとは言え、実際に強制連行され、嫌々従軍慰安婦をさせられていた人がいた事も事実です。
そういう人達に日本がした事を心から謝るのが先決ではないかと私は思います。
日韓双方の政府のお偉方が従軍慰安婦として青春を、人生を踏みにじられたおばあさん達の心の叫びを利用しないようにしてほしいと願うばかりです。
私、小学生の時に家にあった「写真で見る昭和史」、という戦中、戦後(かな?)の写真集を見た事があるんです。
そこには満州(だったと思いますが)などを日本が戦略して、その時にどんなに残忍な事をしたのかとか、原爆の悲惨さとか、戦争の悲惨さが写真として載せられていました。
日本軍が外国人捕虜を死刑する時に使用した木に無数の銃弾の跡があったり、原爆で真っ黒になった人の写真だったり。
とにかく、当時はとても衝撃的で、私はこんなひどい事をした日本人の血が流れてるんだって、私自身が嫌になった事があるんです。
外国に住みたいと思ったのも、ここからきてたのかもしれないですね。
そんなこんな思いが色々湧いて来たお話会でした。
今、この時代にこうして、戸田館長さんからこういうお話を聞けた事が何か意味があるのではないかとひしひしと感じています。
仁川もとても意味のある場所だとわかって、もっともっと知りたくなりました。
ちょっと遠いですが、色んな探索に行きたいなと思いました。
最後に、ギャラリーが90年経っている建物と言われていましたが、実は実家の家も100年以上経っているので、入った瞬間に何故か懐かしさを覚えました。
長くなりましたが、その場で書く感想よりも色んな事を思い出しながら書けて良かったかなあなんて思います。
ありがとうございました!










Mちゃん、素敵な感想
ありがとうございました!