昔のファイターズ、とても地味な存在でした。
パリーグ自体がそうでした。今日は1980年代の頃のお話し。

強いけど人気のない阪急、没落した南海、西本頑固オヤジで強くなった近鉄。
西武に生まれ変わったライオンズ、こ汚い川崎のロッテ、そして日ハムです。

さて、大沢親分率いる日ハム。(当時私はファイターズと呼んでませんでした)
80年代初頭について触れてみます。

80年は近鉄が優勝したのですが、当時前後期制。
ハムにも後期優勝のチャンスが巡ってきました(確か・・)
この年は新人で22勝した木田投手が入団した年です。
木田投手もここぞの場面では、リリーフ投入もありました。
結局、40試合で22勝8敗4セーブ、とんでもない活躍でしたが、優勝ならず。
ちなみにセリーグは、現オリックスの岡田監督が新人王になってますね。

翌81年は江夏投手の加入もあり、見事に優勝!
間柴投手の15勝0敗!とか、岡部投手の防御率1位。
主砲柏原にソレイタ、クルーズの助っ人パワーがありましたね。
そして後楽園で巨人と日本シリーズ!両方の本拠地なんでへんな感じでした(笑)
最後は現五十嵐二軍監督が江川にバットをへし折られて、ピッチャーフライ。
ゲームセットの瞬間はなんかカッコわるかったですね、江川さんが。。。

そして82年は広岡監督に変わった西武とプレーオフ決戦。
「はっぱばかり食べてる奴らには、負けられねえよ~!」と広岡西武を挑発。
採食主義を批判しました、やはりハムですからね、さすが親分!
この年は20勝した工藤投手が指の骨折で戦線離脱。プレーオフも無理か?
と思ってたところ奇襲戦法で先発に起用!結局は実らなかったのですが・・・

以上、日ハムが勢いのあった頃を回想してました。
わたくし、当時は巨人とロッテのファンでした(≧▽≦)


あらためまして、

大沢元監督のご冥福をお祈り致します。
天国でこれからの球界も見守っていただければと。