1年で職場を去る私も含めて、7人の職員が異動や退職をするということで、お客様たち?に集まっていただき、ご挨拶をさせていただく機会があった。
今回はトップ管理職もご異動ということで、つい昨年の自分の姿を重ねてしまった。後輩である彼は、役職定年はするが、私とは違ってトップの立場で管理職を継続する。
今日もしょんぼりしてしまう出来事がいくつかあったのだが、書く気力もない。
リスペクトやオマージュを強く求めているわけではないが、所詮私は各方面から小馬鹿にされている存在である。私をこの位置に追い込んだ人達はそんなことはないと言うだろうが、私がそう感じているのだから仕方がない。
同じ職場の人には何の悪気もないし、私は責めることもしないし、むしろ気を使わせてしまうのが申し訳ないからと口をつぐんでしまう。だって、そうするしかないのだから。私は、突然降って湧いたような「定年延長・役職定年」というシステムの被害者なのであり、一緒に働く皆さんや職場の管理職には何の落ち度もないことは申し添えておく。
定年延長という機会を自分たちに都合よく利用しようとした、巨悪がどこかに潜んでいる。その当事者たちは、そのシステムのいいところだけを享受し、いずれ自分は甘い汁を吸う立場になると考えているに違いない。その一方では煮え湯を飲まされる存在もあるというこの方法には、大きな瑕疵があると認めざるを得ないのである。
私の真の定年退職まであと1年、何とかメンタルを維持して乗り越えていくしかない。
※瑕疵(かし)とは、目的物が通常備えているべき品質や性能が欠けている「欠陥」や「傷」のことで、法的には建築の用語として使われる(2020年の民法改正で「契約不適合」と呼ばれるようになった)ことが一般的だが、システムや目的に不具合があることの例えとしてエッセイ等の文章内で使われることもある。
いただいた花束。実家に持っていき、母のために飾ろうかとも考えたが、昨年の苦い思い出があり(記事にはしていないはず)今回はやめておいた。27日にもう1つの職場でそちらのお客様たち?に挨拶する機会があるので、もしそこで花束をいただけたら、誕生日も近い母のために持っていこうと思う。
この花束に貼ってあるシールを見たら、私の馴染みの店だったので嬉しくなった。実は、理恵さんのピアノ教室の元生徒さんが経営する花屋さんだ。手広く頑張っているなあと嬉しくなった。役職定年となる前には、管理職になった知人や後輩に贈るための胡蝶蘭をこの店で大量に注文し、配達までしてもらっていた。その他、趣味の世界でも花が必要となる様々な場面で、大変お世話になっている。
急に胡蝶蘭の大量注文をしなくなったので、迷惑をおかけしていないか不安になった。例年の注文履歴をもとにして、仕入れや販売数の見通しをもち、計画しているはずなので。まあ、大丈夫でしょう。不確実性も商売の一要素なのだから。
自分の部屋は当然無いし、自分の机も無いに等しい状態で、共用の机に花束を置いておくのも何だかおかしいので、いただいた花束はあの狭苦しいロッカーに入れておくしかない。車の中に入れておくのは、日差しもあって気温も高めだったので避けた方がよいと判断した。狭いロッカーなので花束を立てて置き、コートに触れないように細心の注意を払って何とか収納した。なんだか、これはもう笑うしかないなと思う瞬間だった。


