朝起きて、レトルトカレーを食べて、1日が始まりました。午前中は、講座の講師をしている父の送迎をしました。

このところは毎月緊急に頼まれて運転手をしていましたが、今後は、毎月第三土曜日の私の日課になりそうです。父は劣化が激しくて、もはや自分では満足に移動することもできないのですが、契約が残っているからと講座の講師を途中で辞めようとしません。

契約が切れたら終了してほしいのですが、私達家族が主催者にそう申し入れをしていても、本人が延長を引き受けてしまうのです。

でもさすがに、先日は救急搬送でご迷惑をおかけしたので、主催者も懲りているんじゃないかな。子供の私としては、主催者から契約打ち切りを伝えられるよりも前に自ら退いてくれた方が良いと思うのですが、なかなかそうはうまく進みません。

まだ下書きのままになっていますが、父がクビになったかのような哀れな案件もありました。他の勉強会とサークル講師は、父からではなくてその参加者からもう来ないでほしいということになってしまい、父もかわいそうだなと感じました。長年父を支えてきた一番弟子のような存在の方が、最後の引導を渡したというようなカタチになりました。

こちらのカルチャー講座の場合には、先日に体調が悪くなり救急搬送されてからは、妻か妹が父に付き添って講座に行き、その間は母を放置できないから妻か妹が実家に残り、私は車を出して送迎してということになり、家族総動員体制になってしまいます。

この講座に、父がバスで向かっていた際には、駅で降車の際に転倒して頭を打ち、乗務員が救急車を呼んで救急搬送されたこともあります。それ以来、毎回妹が付き添って行くようになったのですが、さすがに重労働なので、車のある私が動くことになりました。

夏に半年ごとの次の更新があるようですが、もう終わりにしてほしいです。講座も低調で、参加する人も減っています。父の馴染みの人は何とか最後まで付き添っていきたいと考えてくださるかもしれませんが、新しく短歌を学びたいと講座を申し込んだ人は、認知症の講師が意味不明なことを言っているだけとしか感じないでしょうから、継続せずに去っていくのも当然かもしれません。

私も、音楽の世界では同じような運命を辿るのかもしれません。明日は我が身、ということでしょうか。でも、今の父の歳まで生きていられる気はしませんし、私には子供も親族もいないので、仲間にも見捨てられて孤独死するような哀れな末路は歩みたくないものです。どこで潔く消えるのか、ということかな。

昼メシは、コンビニで買ったとろろ蕎麦でした。美味しかったです。

母の件に関しても心配なことがありましたが、それはまた書きますね。長くなるので。