手術が近づき、入院してからは特に、「希望の轍」カテゴリーの日記が連続していました。長文で、読むのも大変だったことでしょう。申し訳ありません。お読みくださり、ありがとうございました。
最後の朝食は、塩分量3.1g。4日間ご馳走様でした。

多くの知人・友人・親友・心友が、そのお立場に関わりなく、私のことを心配してくださいました。まずは、心から感謝申し上げます。そして、ご心配とご迷惑をおかけしてしまったことをお詫び申し上げます。
6月頃から強い自覚症状がありましたが、夏の人間ドックで日常的な発作性心房細動発作があるということで要精密検査となりました。紹介状を持って病院に行って医師の話を聞き、薬が処方されたとき、これは命に関わるという案件であることを強く自覚しました。
今回、思い切ってカテーテル・アブレーション手術を受ける決心をしてからも、多くの方に心を支えていただきました。このご恩返しは、何らかの方法で必ずします。
退院して終了ではなく、これからも身体を労わりながらの長い人生の旅がまだまだ続きます。希望という名の轍は、まだまだ未来に向かって伸びていると信じて、精進してまいります。
昨夜からの夜番の看護師は、ベテランの方で、話し方やその他の物腰がとても安心できる人でした。若い看護師の、事務的で冷たい感じとはやはり違いますね。
その方が、今朝教えてくれたところによると、心電図ホルダー検査のデータをモニターでずっと見ていたが、自分が見ていた範囲では一度も心房細動が起きなかったそうです。本来は医師から伝えるべきことを言ってしまったようですが、安心できるなあと感じました。
同時に、退院前の主治医の診察や説明は無いとも聞き、えっ?何それ?と思いました。退院後の生活については、看護師から説明があるそうですが、昨日聞いてませんか?とも言われましたが、聞いたような聞いてないような、と答えておきました。話の流れで聞いても覚えていないことも多いから、最後にまとめて伝えてくれるとありがたいのですが。
手術についての報告や術後の経過について医師から何の説明がないというのも、驚きました。1ヶ月後に聞けばそれでいいということなのでしょうか。この1ヶ月、不安と共に過ごすことになりそうです。
親族が同席して話を聞いてくれというのは、退院後の生活についてだけだったのですね。入退院の仕組みがよくわかっていないので、普通がこんな感じなのでしょうか。
手術後に、執刀医が患者の病室に様子を見に行くとか、そういった場面があるとよく聞きますが、私の場合にはそういったこともなく、手術後に先生と何の会話もしないままで退院することになりますが、これが当たり前なのかな。
別にいいんですが、少し気になったので書きました。
入院の前日も含めると、5日間も連続して実家に顔を出していないことになりますが、こんなことは初めてなので、急に心配になってきました。昨日から妹に泊まり込みで行ってもらっており、今日は両親の病院日なのでタクシーで連れて行ってほしいと依頼してあります。
職場の様子も気になるので、明日にはパトロール出勤します。退院の時間が迫り、日常生活が戻ってくるのだなという思いが強くなってきました。心健やかに過ごさないと。
〈追記〉※記録として
8時半頃、主治医が突然病室訪問しました。昨日来れなくてすみません、と謝罪しながら入室してきました。おそらく、私が看護師に先生は来ないのかと質問したので、診察開始前の時間に急遽来たものと思われます。その際、看護師は先生は来ませんと言っていたのですが。
まずは、手術が合併症もなく成功したとの言質をいただけたので、安心しました。手術後の心電図を見せてもらったのですが、きれいな波形でした。以前に見た、心房細動の波形とは全く違って安定していたので、よかったです。
血液サラサラ薬については、残念ながら半年は様子を見て飲み続けることになるとのこと。半年後の検査結果で、ストップするかどうか決めるとのことでした。
胃薬は、朝に飲んだ方がいいのでないかとのことなので、そのようにします。
ワソラン?という心房細動の特効薬は引き続き所持し、緊急事態では服用をして、その旨を病院に連絡をしてほしいとのことでした。
今回の手術治療が根本的な解決になったかどうかは、この後の様子を引き続き見て行くことでわかるので、治ったとは思わずに気をつけて生活してほしいとのことでした。この後の診察まで、油断をせずに様子を見ないといけないのだなということがわかりました。

最後の朝食は、塩分量3.1g。4日間ご馳走様でした。
