村歌舞伎1

29日、藤野では3つもイベントが開催されていた。でもまさか3つも重なっているなんて思わないから、いちばん大きなお祭りは目が覚めた時に聞こえてきた和太鼓の音や威勢のいい掛け声で知ったのだった。知っていたら早起きして、スタンプラリーのごとく全部回ったのだけど。残念ながら起きたのは昼過ぎだったし、洗濯も掃除もしていない。

凹みつつ、スタンプラリーは諦めて当初の予定どおり“藤野村歌舞伎”を見に行った。駅の反対側の沢井地区には初めて行く。長い長いトンネル。トンネルを抜けると、森の匂いがまたいちだんと濃くなってドキッとする。道は1本道。30分ほどで会場になる旧沢井小学校(現在は廃校になっているそうだ)に着いた。白いコンクリートの校舎、階段のタイル、踊り場に飾られた絵、青い学校名入りのスリッパ、薄いピンク色の女子トイレ、昇降式のバスケットゴール、舞台右上には放送室の窓、左上には丸い時計と木彫りの校歌の歌詞。小学校っていうのはどこもなんとなく雰囲気が似ている。初めてきた場所なのに、よく知っている場所のような懐かしい感じがしてあちこち見回してしまう。子どもたちのざわめきや記憶をその内に閉じ込めているかのようだ。

そして始まった村歌舞伎。1度は途絶えた村の伝統を復活させて、今回で15回目の公演だという。女の人も男の人も子どももいて、堅苦しいものと思っていた歌舞伎がぐっと身近に感じられる。高校生の頃、芸術教室で初めて見た歌舞伎の感動を思い出した。知識に乏しい私には話の筋があまりわからないのに、悲しみはひしひしと伝わってくる。悲しみを、こんなにゆっくりと時間をかけて演じられたら泣かずにはいられない。悲しい話が多いのだ。


終演後にはこんな素敵なこともあった。
写真などを撮りながらしばし余韻に浸って、さて暗くなる前に帰ろうかと駅の方向へ歩き出した時“駅のほうに行かれるんだったら乗って行きますか?”と車に乗った女の人に声をかけられたのだ。すごーくすごーく自然にそう言われた。聞くとそのかたも歌舞伎を見にきていたらしい。お言葉に甘えて乗っけてもらったのだが、内心、初めての経験にドキドキしていた。他人を極力疑ってかからなければいけない今の世の中は、やっぱりどこかおかしいのかもしれない。親切ってこんなに当たり前のことなんだなぁって思ったら、また藤野が好きになってしまった。

駅の近くまで乗せてもらい、あちこちのイベントで会うだろうからそのときはまたーと言われて別れた。

昨日は引っ越しの時お会いできなかった1階のかたにも偶然会えた。私が以前住んでいた所のことをよく知っていてひとしきり盛り上がり“いやー、良さそうな方が越してきて良かったです~”と言ってもらう。
うちのベランダに飛び込んでしまったボールを取りに、子どもたちが訪ねてくる。

この町に誰も知り合いはいなかったはずなのに、知らず知らず人に優しくされて知り合いが増えている。