谷崎 潤一郎

金色の死―谷崎潤一郎大正期短篇集

谷崎潤一郎の代表作として名を連ねる作品は、初期、または晩年に書かれたものがほとんどを占めており、この本は、ちょうどその過渡期にあたる大正時代の作品 を集めた少々珍しい短編集だ。初期の輝かしい成功から一転、自身の関心や私生活の波乱、世間の風潮、西洋文化の飛来などに感化され、浮きつ沈みつ、やがて 独自のリアリズムを打ち出すまでの紆余曲折がもののみごとにこれらの作品群に見てとれる。
岡村君が全身全霊をかけて築いた“芸術の王国”をとおして真の芸術の在り方を皮肉に問うた表題作「金色の光」。ある女優が自分が主演しているという、しかし彼女自身は撮られた覚えがまったくない怪奇映画『人間の顔を持った腫物』の話を人づてに聞く「人面疽」。谷崎潤一郎の数少ない社会的モチーフ作品である「小さな王国」。現代ではさして珍しくなくなった変態心理(ここではフット・フェティシズム)をモチーフにした「富美子の足」は、当時はさぞかし画期的だったことだろう。驚いたことに、探偵小説なんかもある。
ここに収められた7編にはまったく共通性が感じられない。それはひとえに(先にも述べたとおり)結論に至るまでの紆余曲折があるからだ。書いた本人にとっては若気の至りであり、苦い思い出であり、あまり思い出したくない過去でもあるのだろう。彼自身、全集が出版されるにあたってこの時期の作品を削除し、全集に洩れたものはほじくり返してくれるなとまで言っている。その作品がこうしてほじくり返されてしまったことはいささか同情の余地もあるが、同時にこの紆余曲折をなかったものにすることのほうが相当に不自然な行為であるのは間違いない。過去はけっして途切れることなく現在まで続いているもので、そういう成長過程の上にその後の世界観が形成されているからだ。
覗き見感覚で、谷崎潤一郎の成り立ちを垣間見てしまった。

※余談ですが、これ、文庫本なのに1300円もします。それだけ貴重な作品集ということなのかもしれませんが、もはや文庫本が文庫本の意味を為してない気がするのは、おいらだけでしょうか?