ジム クレイス, Jim Crace, 渡辺 佐智江

死んでいる

思い出の砂浜で、強盗に襲われむごい姿で死んだ夫婦。物語は冒頭からその生々しい殺害シーンで始まる。夫婦の過去、その日夫婦が砂浜に出かけ殺害されるまでの過程、行方不明の彼らを捜す娘の様子と、腐敗していく死体のグロテスクな描写(その描写の緻密さは覚悟して読んでもらいたい。油断すると恐怖と吐き気が一気に押し寄せてくる)……物語は4つの時間軸が複雑に絡み合うようにして進行していく。
ひどいのは、何もかもが最初から“終わっていた”ことだ。この話には見事なまでに最初から最後まで生の虚しさだけが漂っていた。死の臭い、それも、生に不満すらももてなかった人が発することになる強烈な腐臭のようなもの。彼らには、生に理由がなかったかわりに、死にも理由がなかった。このまま話が終わっていたら、なんとも後味の悪いことになっただろう。しかし、救いはあった。ささやかだけど、重大なこと。妻の足に触れた夫の指だけが、残された娘の心にひとすじの光を宿した。……果たして生死に意味はあるのだろうか。あるとしても、これ以上の生の意味を、求める必要があるのだろうか。