コスチュームジュエリー  

 3月初旬、ティーコージーのゆみさんがイギリスから仕入れてきたアンティークの中に、こんなかわゆいブローチがありました。
 ゆみさんのアンティークは、とても手ごろな値段がつけられていて、独特のセンスが光ります。若い人にとても人気~

一目で気に入りました。

このブローチは、19世紀半ばのものだとか~うんん、、日本では江戸時代の末期かア~と、思わずつぶやくと、そばにいた郁さんは、「あなたと私は、絵でも音楽でも好みは似てるけど、決定的に違うのは、私は文学的なものにすぐ反応するけど、あなたは歴史的なものにすぐに反応するね!」 ううん、確かに~ 当たっている。

 さて、このブローチはどうやら帽子につけられていたものらしいのです。当時の人は、ゆらゆらゆれるのを楽しんだのかしら~

 ゆみさんに「ストリートで見つけてきたの?」と尋ねると、知り合いのおじさんのお店の中から、これぞと言うものをあれこれ探すのだということでした。

 ブローチのサイドや裏を見ると、これがなかなか精巧なつくり~ さすが、ビクトリアン期のものです。                                 

                        裏を見れば~
  さあ、いったい何で作られているのでしょう。勿論、ゴールドではありません。もしかしたら、あのまぼろしのピンチベックではないかしら。だってこんなにも手が込んでいるのですもの。

 また、manbeeのアンティークミステリーを探求する(?)好奇心とやらが顔をのぞかせました。ピンチベックかもしれないと言うあわい期待を持って、知り合いの宝石店を訪ねることにしました。

 ピンチベックは、1732年、ロンドンの時計職人のクリフトファ・ピンチベックさんが発明した金の代用品なのだそうです。銅と亜鉛をベースにした合金で、彼は、生涯製造を秘密にしたため、現在では、同じものを作ることはできないとか・・・
 さて、ブローチを預けておよそ1ヶ月~どうだったでしょう。 ピンチベックに詳しい職人さんの話によると~

 ~ピンチベックに比べると、これはぐっとやわらかいようです。おそらく真鍮ではないでしょうか・・・~

 ううん、ピンチベックも真鍮も銅と亜鉛の合金なのに、分量が違うのでしょうかねえ・・・・ブローチを彩る鮮やかな赤や緑は、ストーンではなくガラスと言うことでした。

 それにしてもかわゆいブローチです。 出番は少ないだろうけれど、見ているだけでもう気分はビクトリアン~

                            2007、 4、 21
 






4月は桜  

 気がつけば、いつの間にか季節は、春・・・・

 1ヶ月に1度は書きたいと思っていても、なかなかパソコンに向かう気持ちになれなくて・・

というより、向かう余裕がなかったのかも~  

4月とともに、ブログを再開します。でも、やはり1ヶ月に1度か2度がいいところでしょうかねえ。


 さて、今年の4月は地方統一選挙から~ 

投票日の早朝から、そわそわ、どきどき~ manbeeは、いつになく落ち着きませんでした。

 実は、manbeeの友達が、今回の県議選に わが市から立候補したのでありました。そして、彼女が立候補するにあたって、この世界に入るきっかけをつくったのはワタクシではないか~と、manbeeは内心、ある意味、責任を感じているのであります。

 あれは、もう13,4年前になるでしょうか。自分の後任は彼女しかいないと、彼女の職場と彼女を説得してあるポジションに推薦しました。彼女は、本当に純粋な人、何事にも誠実に真摯に立ち向かっていく人でありました。その誠実な人柄が、次のポジションへ、また次のポジションへと彼女を押しあげ、ついには地方統一選挙に立候補する決意をさせたと言うものでした。


 彼女を決意させたものの1つに、わが市において、女性県議が誰一人もいないと言うことでありました。確かに天の半分は女性なのですから、一人も女性議員がいないなんて、やはりおかしな話ですよね。女性の視点で、女性の感覚で、政治に携わることは、今、確かに必要なことであります。

 また子どもたちを取り巻く現状は~、といえば、大変厳しいものがありますよ。こんな格差社会では、次世代を担う青少年の夢も潰えてしまうのではないかという危惧も深刻であります。居ても立っても居られない逸る気持ちが、彼女に決心を促していった要因なのでしょう。

 

 深夜まで、気が張っていたせいか、いつの間にかうとうと~ 不覚にもmanbeeは、郁さんの電話で彼女の当選を知りました。声をからしながら訴える彼女の姿を思い浮かべながら、郁さんと泣きながら喜び合ったのでした。


                                                   桜の若木
 manbeeの住む小さな街では、今、桜が満開をすぎたところ~ 

 昨夜来の雨で落花が進みましたが、薄紅色の花びらと黄緑色の新芽が まだまだ美しい海辺の街の春もようです。

投票日の朝、堤を歩いているときに桜の若木を見つけました。今年、初めて花びらをつけたのではないかしら。

 そうだ。この桜の若木を「彼女の木」と呼ぼう。

そして、この桜の若木がぐんぐん成長して、立派な桜の花をつけるまで彼女を見守ろう、応援しよう~と このとき思ったのです。

さあ~これからがたいへんだよ。 彼女!! ファイト!!

 

                             2007、 4、 14

 

 


アズナブールさよなら公演

音譜  アズナブール流しながら この手紙を書いています。

     夢二の絵の 少女まねて 矢絣を着ています (恋文から) 音譜  音譜


 これは、30年ほど前に流行した由紀さおりさんの「恋文」の一節・・・・

 シャンソンを聴きながら、熱いココアをすすり、候文の恋文を書くと言う、当時としてはかなりアバンギャルドな歌がテレビから流れてきました。その「恋文」の冒頭に出てくるのが、今回「ありがとう、さよなら日本公演」を行ったシャルル・アズナブールでありました。


 当時は日本でもシャンソンが一世を風靡していました。manbeeも、大好きだった岸洋子さんのビロードの声にうっとりしてあちらのコンサート、こちらのコンサートにと出かけたものです。アダモの歌もよくラジオから流れていました。シャルル・アズナブールは、「イザベル」という歌がもうさいこう イザベル、イザベル、イザベル、イザベル、イザベル、イザベル、イザベル、モナムール~と囁くように恋人の名前を呼び続ける歌詞がなんともパリス的で、若かったmanbeeのこころを揺さぶったものでした。

 あれから30年~時々シャルル・アズナブールはどうしているかなと思っても、消息がわからず、情報も入ってこない。もう「鬼籍の人」になってしまったのかも知れない(ごめんなさい)なんて思っていたのです


 そんな時、「ありがとう、さよならシャルル・アズナブール日本公演」が 全国で開催されるとわかって飛び上がって喜んだものでした。

 それは2月の中旬、名古屋公演は愛知芸術センターで開催されました。manbeeは、仕事を早めに切り上げて友達の郁さんといそいそと出かけたものです。会場は、4階まで満席の状態・・・やはり紳士淑女が大多数、その中に妙齢の女性もちらほらといったファン層でした~              
                                                    

 彼は、現在82歳。 なんと休憩時間もとらず、途中でのどを潤すこともなく、22曲を歌いきったのでした。時には詩的に、時には情熱的に、時にはエレガントに~意味は分からなくても歌と言うのは世界共通の言葉なんですね~ 82歳とは思えないほどの艶やかなステージでした。

 やはりワタクシ的には、ぜひ音譜イザベルを歌ってほしかったのですが、彼のレパートリーの中では、そんなにも重要じゃないようで、今回はなし~ それでも、初めて聴いた「ラ・マンマ」「ラ・ボエーム」 は、もう最高。素晴しかったなあ~

 高齢ということで、日本における最終章「ありがとう、さよならシャルル・アズナブール日本公演」 manbeeは、なにより元気をもらいました

manbeeにとっては、音譜イザベル音譜 が青春の歌だけれど、映画俳優としても名をはせているシャルル・アズナブールであります。そういえば、アガサの「そして誰もいなくなった」にも出ていたなあ。 

そしてmanbeeとしては、もう一度  何としても音譜イザベル音譜を 聴きたいと思うのであります。 お願い!!

どなたか彼のCDを貸していただけませんか?

                                   2007. 2. 25


 

 

国立中央博物館  

 虹2007年が明けました。

 「manbeeのアンティーク日記」も 何とか2年目に入りました。今年もよろしくお願いします。女の子


 ところで、広隆寺の弥勒菩薩半跏思惟像ってご存知ですか?

 日本の国宝第1号として、あまりにも有名ですよね。飛鳥時代あるいは、朝鮮三国時代の作と ものの本には記されています。また、弥勒菩薩半跏思惟像を評して”研ぎ澄まされた美しさ・・”とか ”人々を魅了するアルカイック スマイル~”といった形容をしても まだあまりある気高さ・美しさの弥勒菩薩像であります。もうかれこれ40年も前のことでしょうか・・・この弥勒菩薩に魅せられた大学生が、思わず頬ずりをしようとして飛び付き、薬指を折ってしまうという大事件がありました。ゆゆしきことではありますが、それも弥勒菩薩半跏思惟像の神秘性を窺わせる話ですよね。 

 その広隆寺の弥勒菩薩半跏思惟像とよく似ている仏像が、韓国にあると聞いて、いつかは会ってみたいと思っていました。それが、今年のお正月休みに実現しました。


 ソウルタワーが見える国立中央博物館は、新たに2005年の10月にオープンしたのだそうです。広大な敷地に超近代的な建造物は、またアジア最大級の博物館だとか、一日回っても堪能することは出来ないくらいの展示物です。manbeeは、さっそく3階の仏教彫刻コーナーへ急ぎました。

                               半跏思惟像ー1
 7世紀前半の「金剛弥勒菩薩半跏思惟像は、仏教彫刻室の中で特別に設けられた個室の中にありました。何処からでも拝顔できるように、ぐるっと一回りできるように、通路がつくられています。また、正面から静かに対話できるようにとの配慮でしょうか、椅子も置かれています。このお像は少し前屈姿勢をとるとともに、軽く頬に指をあて、かすかに微笑みながら物思いに耽っているようです。何処から見ても美しく、表情の優しさや体の柔らかさなど「国立中央博物館」が誇る屈指のお像であることに、もう納得~瓔珞(装身具)や光背もなく、あるのは静かな思索、微笑(アルカイック スマイル)だけ~本当の美しさというものはこういうものなのだろうか。研ぎ澄まされた美とはこういうことをいうのだろうなあ。装飾がなくてもにじみ出る美、人のために祈ると言う姿勢が魅力を呼ぶんだろうなあ~そんなことをあれこれ思いながら、20分は一人でいたでしょうか~


 確かもう一体、6世紀後半の作といわれる「金剛弥勒菩薩半跏思惟像」があるはず~と気を取り直してたのは、この個室に子どもたちの声が聞こえたときでした。巡回する国立中央博物館の職員さんに聞くことにしました。しかし言葉が通じません。ブロークンの英語と日本語、聞きかじりの韓国語で身振り手振りよろしく話しますが、なかなか理解してもらえないのです。写真を指差しながら「ここ?」、手を左右に振りながら「NO?」 ついには職員さんの腕をとりながら、「その場所へLet's go together」????その職員さんは、困った顔をしながら、「水長當」とmanbeeのメモ帳に書いてくれました。ううん~なんのこっちゃ??? 結局押し問答をするもののわからず、インホメーションで聞くとことにしました。~現在は、「水長當」と言われるところに保管されていて、期間限定で拝顔できるということのようでした。2007年の10月から2008年4月までの半年間、7世紀前半の「金剛弥勒菩薩半跏思惟」と入れ替えに展示されるようです。~ああ、そういうことだったのか!
 衣文のきれいな6世紀後半の作といわれる「金剛弥勒菩薩半跏思惟像」のアルカイック スマイルに会うためには、次の機会にということでした。


 広隆寺の弥勒菩薩半跏思惟像は、新羅からの渡来仏という説もあるようです。両者ともアルカイック スマイル(古式微笑)は、もう最高!

                          2007、 1、 6


クリスマス限定ブローチ  クリスマスのイルミネーションが綺麗ですね~

manbeeのすむ街でも、この時期、クリスマスのイルミネーションが街を美しく彩ります。12月は慌ただしいけれど、一年で一番華やかな季節です~ 


 アンティークではないけれど、遊び心でこんなものを作ってみました。もう10年以上も前のことです。 身の周りにある小さな石を集めてリメイクをしました。クリスマスツリーのオーナメントみたいでしょ?

 

  右下のアクワは、自分の就職祝いに買ったもの。就職はしたものの失敗ばかりで、落ち込むことも多かった日々・・・・・そんな時、職場を回る宝石やさんのケースの中でつつましく収まっていたアクワを見て、心奪われたのでした。自分で自分を励ますために買った小さなアクワ・・・その後、いつの間にか角が欠けてしまっていました。


 真ん中のサファイヤは、スリランカへ一人旅をしたときに見つけた石・・・スリランカの保養地、ヌワラエリアのホテルで母への土産にと買ったものです。もとは銀製の枠の囲まれていた小さなトンボの一部でした。    

 ヌワラエリアは、スリランカ紅茶の生産地で有名です。ヌワラエリア ウバという紅茶の種類もありましたよね。ホテルまでの道すがら、籠を背にしてお茶の葉を摘む女性の姿をおぼろげながら覚えています。 海抜およそ2000mの高地に位置し、赤道直下にあって、真夏にあって、朝夕はセーターがほしい気候なんて信じられます?~

 そのヌワラエリアのホテルでこんなことがありました。ホテルの宝石ショップを見て回っていたときのことです。可愛い銀製のトンボのブローチを見つけて、母へのお土産に買い求めました。オーナーは、日本語が話せる人で、あれやこれや話している間に、こんな申し出を受けました。腕にしていたmanbeeのファッション時計をえらく気に入ってくれたのです。宝石店のオーナーは、「ワタシの奥さんのプレゼントにしたい~この店の宝石どれでもいいので交換してくれませんか?」 今のmannbeeなら一にも二にも無く「どうぞ、どうぞ~」とか「まあ~嬉しいわ~」とか 目を輝かせて、スタールビーや大粒のサファイアを選んだに違いありません。

 その当時は一人旅のかなしさ、時計が無ければ旅は続けられないので、考えに考えた末、諦めたというわけです。もうかれこれ20年も前のことです。うんん、今でも残念~ 母は喜んでくれて、それから長くトンボのブローチを愛用してくれました。スリランカは、本当に見どころの多い国です。仏教遺跡~、宝石~、紅茶~、それに百頭にものぼる象の行進が見られるペラへラ祭り~ 機会があったらぜひ、もう一度ゆっくり訪ねたい魅力の国です。


 さて、あとの石は、わが家の鏡台の奥に眠っていたおばあちゃんの石、叔母から譲り受けた石、それから買い足した石も少々~

こうして甦ったクリスマスツリーのブローチです。このブローチは、どちらかと言うと地味なmanbeeを、クリスマスシーズンだけ少し華やかに彩ってくれます。いろいろな思い出と一緒にね~                                  
                                 セーターの上で

                              2006、 12、 21


 

 
アントニヌス・ピウス皇帝  

 ローマンコインネックレスのリメイクが やっと完成しました。

 2000年に偶然に出会って、思わず衝動買いをしたローマンコインネックレス~

 大事に大事に使ってきましたが、少し緩みがきたために、かねてからリメイクをしたいなあと思ってきました。これもこの夏、ジュエリー作家の石川さんに再会することが出来て、突然にリメイクをお願いすることになったのです。


 ところが慌てていたために、ローマンコインの製造年代を確かめずに、すぐに発注してしまいました。

コインを金具からはずしたときに、分かるコインの銘文を調べずに発注してしまったんですね。

アンティークミステリーにこだわるmanbeeとしては、何と言うか~失敗・ミステーク・おばかさん・おタンこなすetc~ローマンコインのルーツを知るのにはいい機会だったのにと、何度悔やんだことでしょうか( ´(ェ)`)


 さて、ローマンコインネックレスは、11月に出来上がってきました。

出来上がりは上々~さすがは石川さん、manbeeが普段使いができるようにと、シンプルにリメイクして下さいました。

この先生とは、どこかうまが合うのでしょうね(失礼な言い方、ごめんなさい) ほかの作品もとてもステキです。先日は、先生が大事にしているコインを見せて下さいました。。やはりご自分でも、ネックレスにして時々つけていらしゃるようです。石川さんのコインは、AD1~2世紀のトラヤヌス皇帝時代のものだとか・・・ ステキですよね~ ナポリ南東に位置するヴェスビィオ火山が爆発してポンペイを埋め尽くした時代から、少し後に製造されたコインのようです。

 あれは、たしか1992年の夏でした。manbeeは、ペットボトルをもって歩いたポンペイの廃墟址をいろいろと思い出します。パンやさんや薬屋さんなどの商店跡、もうすでにこの時代、石の横断歩道もあって驚いたよなア AD1世紀ごろのポンペイ・・・、よみがえるのは、ローマ文明の水準の高さに驚愕した記憶でありました。石川さんのコインは、まさに、あの頃に製造されたものなんだ~ それにしても何と言うべきか、上品でステキ~                                
                                             
      トラヤヌス皇帝のコイン

 さてさて、リメイクが出来上がってみるとmanbeeのコインが、やはり気になります。何とか、いつの時代のコインなのか調べてみたくなりました。そこで、かの札幌在住の数学の先生のブログにアクセスをして教えてもらうことにしました。果たして、判るでしょうか?今回 完成したコインネックレスから見える文字は、8文字~

分かる文字は、P I V S L (不鮮明でLは、CまたはEかも) P T R~

(回答)

    たぶん、P I V S P P T R ではないかと思います。
  候補1   ANTONINVS AVG PIVS PPTRP

  候補2   ANTONINVS AVG PIVS PPTRP※※(※はCOSⅡ、

COSⅢ、 COSⅣ・・・)      

候補3   IM ANTNINVS AVG PIVS PPTRP COSⅡ

いずれにしてもアントニヌス・ピウス(五賢帝時代の4人目)ですね。

 すごいですね。ビックリマーク本当にすごい!! 

 今回も、たった8文字から製造年代が推測できたのです。AD2世紀ごろのもの~ ううん日本では、弥生時代でありました。           
 石川さんのコインは
五賢帝時代の2人目の皇帝トラヤヌス、manbeeのコインは 五賢帝時代の4人目の皇帝アントニヌス・ピウス。嬉しいことに、いずれも古代ローマの賢帝と呼ばれた穏やかな時代のコインだったのです。石川さんの話によると、これらのコインはエジプト沖の難破船から、海底の中から発見されたらしいということです。真偽のほどは分かりませんが、この逸話にもロマンがあると思いません?


 先日、名古屋の大骨董祭に行ってきました。manbeeがあるブースに立ち寄ったとき、目ざとくこのローマンコインネックレスを見つけたさるオーナーが、「すごいのを、しているねえ。」と 褒めてくれました。そして、自分も銀貨を持っているとのこと~ それは、シルクロードのある中継地から出た銀貨だとか~ ううん、それを耳にしただけでmanbeeの気持ちは、もうウズべクシタンのサマルカンドあたりへ ふわ~と飛んでいるのでありました。憧れのサマルカンドよう~


  ローマンコインネックレスのリメイクは、manbeeの母親が元気に90歳を迎えたニュースと同じくらい 今年のビッグニュースです。                                                                                                          
                                                

                          2006, 12, 17


津観音の骨董市  

わが街には、「津の観音さん」と親しみをこめて呼ばれている古刹があります。

  開山は古く奈良時代だそうですが、それ以来、時の権力者や津藩主藤堂家の祈願所としてあつく加護をうけてきたそうです。   先の戦争で41棟もあった堂宇は殆ど焼失しました。しかし現在は次々と復興され、近年は「津の観音さん」を愛する市民の熱意によって、五重の塔が再建されました。今でも、信仰を集める観音さんとして、歴史を育む場所として、市民に愛され親しまれています。それと食いしん坊なmanbeeとして忘れられないのは、かつて境内にみたらしやさんがあって、おばあさんの焼く「たがねみたらし」のおいしかったこと~あの「たがねみたらし」は、どこへいったのかなあ~


 その観音さん境内で、毎月初の日曜日に骨董市が開かれています。

 月初めの日曜日には、manbeeも時々顔を出して、店みせをひやかして歩くのを楽しみにしています。境内の地面に直接シートを敷いたり、簡単な台をつくりその上に並べたりの境内ストリートマーケットであります。manbeeはもっぱら、おじさんとの値段交渉の駆け引きを楽しみます。おじさんは「ここでは、高いものは売れないからね・・・」と言いますが、豆皿やネコの置物などちょっとした面白いものもあって、市価よりずっと安く手に入ることもあるんです。manbeeのこだわり「ブルー・ウイロー」は、このところ日本ではなかなかお目にかかれません。東寺の弘法市でも、名古屋の骨董祭でも出ていませんでした。

 ところがところが、11月の月初め、思いもかけずにわが街の骨董市で見つけたんですね。グッド!

「ああっ、ブルー・ウイローやあ~」 manbeeは、嬉しさのあまり素っ頓狂な声を出していたにちがいありません。日本でも海外でも、どこへ行ってもまず探すのがブルー・ウイローでありました。それが、わが街で見つけたのです。

 皿の裏にJAPANの文字が見えますから、輸出用なのでしょう。これらは、瀬戸か多治見あたりで作られたものでしょうかね~

 この日は、ブルー&ホワイトの大皿・中皿(伊万里のいいものもありましたよ)が多く、その中にあったんですねえ~しかも大量7枚もそろってです。 「わが家は、5枚でいいからね~」と言って、ベストプライスと思しき金額を払って、家に帰りました。家に帰って見てみると、なんと7枚もありましたよ。おじさん、大まけしてくれたんだア~


ブルー・ウイローの中皿


 それから、我が家のカレー皿は、贅沢にもブルー・ウイローと相成りました。多少そっそかしくも、あわてんぼうでも、なんせ7枚もあるんですから太っ腹でいこう~・・・・

                                                2006、 12、 10

 

ストリートで見つけたコイン  2001年の夏に ポートベローのストリートで見つけたローマンコインです。!!


  コインが作られた年代を探るヒントは、コインの銘文(表面の文字)や裏面の絵なんだそうです。

 札幌在住の数学の先生のブログ「古代ローマ」は、ローマンコインについて大いに参考になります。彼の掲示板に書き込みをするとお返事がいただけるのも嬉しくて、世界史に疎いmanbeeなんぞは大いに頼りにしています。


 さて、上記のmanbeeのコインは、かなり磨耗していて人物の髪型もよく分かりません。コイン表面の文字も半分は読みとれません。これらのわすかな手がかりで、コインの年代を推定するのはかなり難しいのではないかと思われます。

 始めに、コインのことを知るために参考となる本はないかしらと、かの数学の先生に聞いてみました。

そこで紹介してもらったのが、この本~ 何という専門的な本でしょうか・・・洋書なんであります。現在、3巻発行されているとのことですが、全文英語で、解読はこれまた難しい~

                                               ROMAN  COINS
  洋書「ROMAN COINS」をざっと見ただけでお手上げのmanbeeが、次に考えたのは、(分かる範囲のコインの文字をお知らせして)、直接、数学の先生に教えていただくこと。それが早道だと、再びブログに投稿して教えを請うことにしました。彼は、ローマ史を趣味として研究をしていて、勿論ローマンコインの収集家でもあります。


 manbeeのコインの文字は、わずかに7文字「AVKCEOV・・・・」でありました。(AVと見えるけれどAYかも~)先生によると、

 どうやらこのコインの銘文は、ギリシャ語で書かれているらしいこと~古代ローマ・東方の属州では、ギリシャ語が使われていて、コインもギリシャ語のものラテン語のものの両方があったそうです。(領土を広げていく過程で、)無理にラテン語に統一しなかったのもローマ人らしいとおっしゃいます。

 AYは、Autokratorの略で、ラテン語ならAVGVSTVSだとか~

 Kは、Caesarの略でラテン語ならCAESAR   CEOVは、ラテン語のアルファベットに直すと、

SEOV で、 コインに描かれた男性は、セウェルス朝の誰かでしょうか・・・       

 

 チョキすごい すごいビックリマーク 

わずか に残る7文字からAD3世紀ごろのものではないかと分かるんですね。 なんと、ポートベローのストリートマーケットでmanbeeを呼んでいたこのローマンコインは、「古代ローマの東方のさる属州で、推定AD3世紀ごろにできたコイン(だろう)」 ということが分かったわけです。

 グッド!すごいすごい! おもしろ~いビックリマーク

これだからアンティークミステリィーはやめられない~


   ※「manbeeのアンティーク日記」は、かなりマニアックなもので「いやだあ~」という人も・・・・

    ごめんね~

2006、  11、 16


サンマルコ宮殿 ティーコージーのUさんが、10月の始めヴェネティアから帰ってきました。

 この時期、大潮にもなると長靴がいるほどで、名だたるサンマルコ広場も一面に海水で浸かるそうです。海上都市の悩み、地盤沈下や海水の汚れは、この美しい世界遺産にも容赦なく~・・・・やがてこのままではヴェネティアも水没するのではないかと懸念されています。

                             アドリア海からベニス

ヴェネティアは、もっとも印象的な美しい街でありました。船

 アドリア海に面した海上都市ヴェネティアは、イタリア本土とはおよそ4キロにも及ぶ1本の橋で繋がっています

 2003年の春に訪れたときは、ネットでアンティークショップを調べていきましたが、これは失敗~ヴェネティアが迷宮都市だということをすっかり忘れていたんですね。一度、迷路のような路地に迷い込んだらなかなか抜けられない。ネットで調べたアンティークショップにたどり着くことは,至難のわざなんですよ。それでも、運河にかかる小さな橋を渡ったところで、はっと気づくと、偶然にアンティークショップがあったりして~ 楽しかったなあ。音譜


 サンマルコ広場は、とても賑やかな広場でした。

 この広場は、もう16世紀には完成していたそうで、ゲーテやスタンダール、音楽家のワーグナーなどの文化人も、かのカフェフローリアンでお茶をしていたそうです。・・・大広場は三方が美しい三階のビル群になっていて、美しいアーケードで囲まれています。ベネチアン・グラス、高級ブティック、カフェやレストランといったおしゃれなお店が軒を連ねます。                                                          サンマルコ広場 ローマンコインネックレスのあるお店は、その一角にありました。

ヴェネティアの夕暮れを見ようと、ひとり散歩にでたときに偶然ウインドウで見つけました。なかなか高級そうなお店なので、入るのも勇気がなくて・・それでも、やっと見つけたローマンコインネックレス(もちろん緑青の巻いた緑色をしています)です。manbeeとしては、ここで臆するわけにはいきません。 「ブォナ セーラ(こんばんは)」と勇気を出してドアを開けました。もう店じまいをしている店主は、それでも愛想よくケースから出してくれました。”ああ、これが本場のローマンコインネックレスだあ・・・”manbee顔は、もうウットリしていたことでしょう・・・。ローマンコインネックレスは確か2本ありました。それはそれは、どれも大振りでゴールドで縁取られています。豊満なイタリア女性の胸を飾るに相応しいものでした。「クアント コスタ?(いくらですか?)」

 にわか覚えのイタリア語でそっと聞くと、店主は電卓を使って数字をはじき出します。もうユーロになっていましたが、確か日本円で70万ぐらいしたでしょうか・・・ ”オオ~” と軽く驚いて肩をすぼめ、 「ノン ロ プレンド. グラッチェ(やめます ありがとう) 」 といって そそくさと店をでました。 考えてみれば、紀元前と現代が混在しているイタリアなんだ。(特にローマはね。)ローマンコインは、そこ掘れワンワン同様、ざくざく出るのかもしれない~ そんなことを考えながらホテルに向かうと、もう何百年も前から時をきざんでいる鐘楼から鐘がキンコンと鳴り出しました。manbeeは、誘われるままサンマルコ広場から鐘楼を経てアドリア海へ・・・それはそれは美しい夕暮れでありました。お月様


 あれから3年~ ヴェネティアには、何度訪れても尽きない魅力があります。 もう一度、ゆっくりと迷宮都市を歩いてみたいなあ。                                          

                             2006、 10、 28



                                          wa

  大正という時代は、わずか15年と短かったけれど、大正浪漫といわれるように何かモダンなかおりがします。モガ、モボなんて造語もあるくらいで、どこか和的瀟洒なイメージがありますね。洋館に着物、ショートカット女性と帽子、山高帽にステッキ等など~ あっつ、そうそう大正時代っていうのは、竹下夢二の絵のイメージですかねえ~


 上記の和ガラスは、いつごろの物かはわかりませんが、いつの間にかわが家に集まってきたものたちです。

 口縁が赤色の氷コップは、確か京都の東寺弘法市で出合ったもの~

このところ骨董市を歩いても、なかなかいい氷コップには出合えません。これは大雨の中、リュックを背負いながらあちこち見て回った中で見つけました。 氷コップは、一般的になつめ型が人気なのですが、これは少し口が開いています。見込みの部分が透明であります。よくよく見ると見込みや脚の部分に細かな気泡がありますが、これも味わいの1つでしょう・・・

氷コップ  大正昭和と進むにつれて、乳白色のぼかしや繭玉文様、水玉文様など職人の心意気が感じられる氷コップが世に出てきますが、それらはもう、博物館でないと出合えないものなのかも知れません。わが家の氷コップは、少し脚の部分に安定さを欠くけれど、それも手作りのよさだと気に入っています。

 一番手前は、プレス成型氷コップ~口縁に乳白色のぼかしがつかわれています。量産されたのでしょうか、これらのプレスガラスは、今でも比較的手に入れやすいようです。


 今年の夏に、厚手の和ガラス(昭和の初期のもの?)をわがキッチンにデビューさせました。

そうめんや冷麦を食べるのにちょうどいいかもと思って~

 ところが、テーブルの角で手がすべってガッチャン~あえなくたった一日のいのち・・・でした。悔やむこと悔やむこと~ 和ガラスは、この危うさも魅力のひとつですが、使うときはよほど太っ腹でないとねえ~


 大正浪漫といえば、今年90歳になった母の着物があります。竹下夢二の絵に出てくる女性が着ていたような文様~人形にしようと思っていますが、いつになることやら・・・・・


                                                  2006. 10. 9