「あんなにしてやったのに--
『のに』がつくと愚痴が出る。」
ホントにその通りで。
じゃあまなは
「のに」って言葉
どんくらい言ってるのかな
って考えてみたわけです。
そしたらもう
怖いくらいに
「のに」ばっかりで。
まなは「のに」人間かと
思ってしまったよ。笑
知らないうちに
愚痴ばっかり言ってたんだな。
ダメだね。
まなは
人と人との関わり合いとか
人間関係とかにおいては
甘やかされずに育った。
少なくともまなは自分で
そう思うわけです。
例えば理不尽なことがあって
家で愚痴を言っても
「そうやったんやぁ、
最悪やなぁ、何なぁん、
意味分からんなぁ、」
なんてお父さんもお母さんも
言ってくれることはなかった。
小さい時は
同情してほしいときも
そらあったけど
同情なんてされなかった。
「そんなもんやで。」
っていつも言われてた。
「大人になったら
もっとひどくなるから。」
って現実を言われてた。
「強くなりなさい、
強くなるために。」
って言い聞かしてくれた。
幼稚園のときだって
誰かと喧嘩して
まぁほぼかほちゃんやけどw
かほちゃん以外にも
絶対まなは悪くないのに
って理不尽なことがあっても
「『どっちも悪い』か
『どっちも悪くない』か
だけやねん。
もし自分が悪くない
って思うなら、
相手も悪くない。
だから許しなさい。
もし相手が悪い
って思うなら、
あんたも悪い。
だから反省しなさい。」
って言われてた。
そうやって育った。
でも間違ってることは
間違ってるって
批判してくれたし
合ってることは
合ってるって
肩を持ってくれた。
同情はされなかったけど
まなを怒らずにいてくれた。
でも忠告はされた。
「アホな女にはなりなさんなよ。
自分に自信を持ちなさい。
自惚れるって意味やないで。
自惚れと自信の違いを分かった上で
自信を持ちなさい。」
この言葉でまなは生きてきた。
どんなに辛いときも
悲しいときも
しんどいときもね。
死んだおじいちゃんは
中2までのまなしか
知らないけど
そんな子供なまなに
「胸をはりなさい。
大きくなったら
そこに胸がついて
胸が大きく見えるから。笑」
なんて下ネタかまして
言ってくれたけど
まぁおじぃちゃんは
しゃっちょさんだったから
エロいのは万国共通だね。笑
ってそんな話じゃなくて
胸をはれ、って意味が
やっと分かった気がしたよ。
おばぁちゃんは
ふとした瞬間に
心に響く言葉を言ってくれる。
「『距離』を大切にしなさいね。
『ちょうど良い距離』を保ちなさいね。
距離が近すぎても
距離が遠すぎても
何も関係が変わらないのは
何も関係が壊れないのは
家族だけよ。
他の人とはね
近づきすぎても壊れるし
離れすぎても壊れるの。」
って言って
まなが人に対して
ムキになってたときに
教えてくれたのです。
まなはそうやって
おじぃちゃん
おばぁちゃん
お父さん
お母さんの言葉で
今までずっと
強くなれたと思ってるし
これからもっと
強くなりたいと思ってる。
誰かと喧嘩したときの
「泣いて帰ってくんな!
泣いて帰ってくるぐらいなら
もっぺん行ってこい!」
「負けて帰ってくんな!
勝つまで行ってこい!」
って言葉は
まなを強くしてくれたし
まなを丸くもしてくれたし
まなを優しくもしてくれた。
こうやってまなは
どんどんまなを創り
創られてきたのです。
まなはこうだけど
あなたはこうじゃない。
あなたはこうだけど
まなはこうじゃない。
なんて当たり前のことで。
生き方も感じ方も性格も
違って当たり前なんです。
愛は忍耐強い。
愛は情け深い。
愛はねたまない。
愛は自慢しない。
愛は高ぶらない。
愛は礼を失しない。
愛は自分の利益を求めない。
愛は苛立たない。
愛は恨みを抱かない。
愛は不義を喜ばない。
愛は真実を喜ぶ。
愛は全てを忍ぶ。
愛は全てを信じる。
愛は全てを望む。
愛は全てに耐える。
聖書の授業で死ぬほど
読んだじゃないか。
なのに、ね。
精一杯愛さなかった
そんなまなが悪いだけ。
愛するのは難しいなぁ。
こんなにも愛してるのに。
あんなにも愛したのに。
ほらまた「のに」!!!!!
まな