お風呂で、演繹に関しての本を読んだ。

ハッとしたのは、前提を本当に疑い抜いているかどうか、だ。

『チーズはどこへ消えた?』を引用していて、
何回か起きた事実を法則としてとらえた小人と
記憶することなく目の前の事実を事実としてとらえたネズミの対比だ。

人は嫌いな人に怒鳴る
↓
上司は自分をよく怒鳴る
↓
だから上司は自分のことが嫌いだ

これなんて典型的な思い込みだ。
人は嫌いな人にしか怒鳴らないのか?
上司は誰に対してどれぐらい頻度で怒鳴っているのか?
など、調べないといけないことがたくさんあるな。

前提を仮設から事実と認識するまでの検証は
何度も何度も繰り返すべき。

パッと思ってしまった事から離れにくくなるのも
人間の本質だと思うけど。

だけど思い込みは正しい解決を阻害する、とか
堅苦しいのは抜きにして、
人生を楽に生きる秘訣が演繹にはあるね。

「妬む、怒る、愚痴る」はもともとの意味の三毒ではないらしいけど、
使いやすいからそれはそれで良いとして、
こういった、体を蝕む感情から自由になれるのは
自分の為であり、全身がよく働く自分はみんなの為になる可能性が高くなるという意味では、
演繹をしっかりと学習していくのは、
とてもとても大事な、生きていくスキルになるだろうなぁ。