【2009年】1回目の卵巣がん③初診の2年前、今でも後悔していること | 卵巣がん2回 Mの日記

卵巣がん2回 Mの日記

2011年と2023年に卵巣がんの手術
抗がん剤治療後の経過観察中です。

話は少し戻ります。

2009年に結婚し、すぐに夫の海外転勤について行きました。

子供が欲しかったけど妊娠しなかったので、一時帰国した際に実家の最寄り駅のレディースクリニックに行き、いわゆるブライダルチェックを受けました。腫瘍マーカーも調べたのですが滞在中に結果が出なくて、母に聞いてもらうことにして帰国。

しばらくして母から聞いたのは「卵巣が少し腫れてるけどだいじょうぶだって。腫瘍マーカーもちょっと高いけど大丈夫だって」

 

私は「へー。分かったありがとう」と言っただけ…。

腫瘍マーカーがなんなのか調べもしなかったし、ちょっと高いって言ってもいくつかも知らないし、多分母も詳しい数値まで聞いてこなかったんじゃないのかな…。腫れに関しても、気にも留めなかったです。

 

その後結局妊娠もせずに本帰国し、2011年の人間ドックを受けて手術に至ります。

ちなみに人間ドックでは腫瘍マーカーは調べておらず、S病院の初診での腫瘍マーカーは

  CA125:58.0(基準値0〜34.9)

  CA19−9:11.0(基準値0〜36.9)

でした。その時点で卵巣の腫れは7cm。

 

術後の病理検査の結果ステージは1aだし転移もない、十分に早期発見なんだけれども、、それでも「あの時もう少しちゃんと調べていれば、2年前に手術できたのかもしれない」と思わずにいられないのです。もっときちんと説明して、更なる検査をするか患者の意思を確認するべきだったと、クリニックの先生のことを信用できず憎み苦しみました。今でも納得できたわけではないです。

 

 

そして、もし今度どこかに再びがんが見つかったら、絶対に温存なんかしない!全部取ってくださいって言おう!と決意しました。

がんはそれほど怖くて悲しい出来事でした。

 

 

余談になりますが、左の卵巣摘出後、すぐに妊娠しました。今まで望んでもできなかったのに。ただの私の個人的な考えですが、直感ですが、卵巣ががんだったから妊娠できなかったのかなって思います。

そして毎月排卵痛があるタイプだったのですが、そういえばその頃はもう何年も右だけしか痛くなかったんです。左からは排卵していなかったんでしょうね。それなのに手術前の排卵時、左が排卵痛で!取られちゃうのを察して最後に排卵したの?!と、とても不思議な体験でした。

1度目の妊娠は稽留流産、2度目の妊娠で娘を出産、その後も2度稽留流産(全部で3回の掻爬手術)をして、もう子供は1人でいいことにしよう、と思いました。