もし世界から美意識が無くなれば

 

醜い=美しい

 

両者が同列となる。

 

人類史上でこれ以上の革命あるだろうか

恵まれた外観による優越感を持っていたものが、それを失い

醜い外観により劣等感を持っていたものが、そこから解放され

 

外観以外の要素で、その人物が能力によって評価される

 

しかし、こうして書いていてもどうもしっくりこない

美も醜も同一というのが、不自然なような気になってしまう。

 

赤と緑

赤には赤の

緑には緑の

意味が備わっている

 

これら2つの色を混ぜてグレーにして

これで両者平等ですといっても、しっくりこない

 

脊椎動物の始祖に近い魚類の雄や

恐竜の子孫である鳥の雄が美しさを競うように

美意識というは、動物に本能的に備わった感覚

それどころか、花は美しく咲くことにより、昆虫を呼び込む。

美意識という概念とは異なるかもしれないが

生きるために成功した戦略の成果が結果的に人間に美しく見える。

 

そんなこじつけから

美意識は洗脳によって後天的に植え付けられたものではない

としたい。

 

もちろん、それは固定化されてものではなく

1000年に一度の○○を美しいと見るか

森〇中のお笑い芸人を美しいと見るかは

個々人の自由

 

だからこの世界は既に

醜い=美しい

として確立していると捉えることもできるのではないだろうか

 

人の数だけ人格があると同時に

人の数だけ固有の美醜の判別の基準が備わっている

 

 

そんなわけで、過度に優越感に浸ったり

その逆に劣等感に苛まれることも

愚かなのではないだろうか

 

 

 

 

 

 

 

勘違いしないでほしい

 

不潔≠清潔

 

これは不変です。