ダリア☆マナ日記-バスティーユのトマト

マナを得る方法はいくつかあるんだけど、

一番わかりやすいのは、食べ物から得るという考え方。


例えば、明太子おにぎりがふたつある。

1)コンビ二。

2)お母さんが握ったもの。


絶対、2)の方がおいしくて、マナがいっぱい。


(でもこの場合、自分のお母さん以外のおにぎりでも

コンビ二より全然おいしいんだろうか。

食べ物自体が本来持っているマナと、作り手が込めるマナとは

別ものだよね?しかも、そこには人間関係が影響する?)


もちろん、最近のコンビニはおいしいし、

米や塩、それに明太子の品質が大きく影響する。

お母さんのおにぎりの明太子が腐っていたら、到底2)を選べない。


素材もひとつひとつマナの量が違う。

そんなこと当たり前過ぎて、誰も言わない。


旬の野菜はマナがいっぱい。

最近で言えば、八百屋の軒先でマナを放出しているトマト。

野菜に呼ばれる、魚に呼ばれるってあるよね。

野菜ソムリエの長谷川理恵が書いていた。

「ブロッコリーに呼ばれた」って。

誰もが自然にそれをやってる、お母さんは毎日やってる。

今日おいしそうなものは何?何がわたしを呼んでいる?


それから生産者が丹精こめて(マナ込めて)作った食べ物。

同じ米でもうまさが違う。

加工品にはもっと違いが表れる。

味噌。ノースショアの友達の家で飲んだ味噌汁が激うまで

「どーしてこんなにうまいのこの味噌汁・・・?!」と尋ねたら、

「お母さんの手作りだから・・・」


栄養素的には全く同じものだったとしても・・・、

同じ条件で同じ手法で作られたものだとしても、

誰が作るかで食べ物のおいしさ違うことって絶対にある。

それはマナの量が違うんだとわたしは思う。


確実に、食べ物からマナは得られる。

マナがあるものとないものとでは、心とからだの喜び方が違う。

その結果も明らかに違う。

人は食べるものそのものと考えれば、マナがたっぷりあるものを

食べるってことはホントに大事なことなんだよね。


スープの会を主宰されている辰巳芳子さんや

森のイスキアを主宰している佐藤初女さんは

食べ物の持つマナを最大限に引き出し、

さらにマナを累乗させる、究極のマナの使い手だと思う。


やはり素材に本来宿るマナと、

その素材を育てる生産者のマナと、

その素材を使って料理を作る作り手のマナと、

食べ物とマナとの関係はかなりコラボなのだ。


しかも・・・!

愛する人と食べると、さらにマナは増す。

マナ・・・、畏るべし。


※マナのこと、もっと知りたい人はこちらもどうぞ。

http://www.manatherapy.com/