私は一昨年まで「今年のWishList(100個書こう!)」の作成に取り組んでは、20個くらいで挫折するというのを、3年くらい続けていました。
20個じゃ足りないので、半年後とかに「残り半年で叶えたいことList」とかやってみようとはするものの、100個書ききったことはありません。
まずは願わないと叶わないとよく言いますので、願ってみようとするものの、どうしても苦しい。
なぜかというと、誰かの何かを見て「シャネルのバッグが欲しい」とか書いても
「本当に欲しい?どうやって手に入れる?持ってても使うとこなくない?」
と頭の声のオンパレードで体感がぐっと悪くなるからです。
私ってなにも願いがないのね。
今が満たされているから?
なんて勘違いをしそうになりましたが、違います。
ただただ、願いを壮大にしているだけでした。
さきこさんは修験者セミナーで、ウィッシュリストは作らないと言っていました。
「日常の延長」でたくさん願っているから、あえてそれを作る時間やまとめる時間などは取らないとのこと。
そしてはるラボでは「願うのが苦しい」という方に対し「今とかけ離れた願いを探しに行くのではなくて、今よりちょっと体感が良くなる願いを探してみて」
とおっしゃっていました。
極めつけは2月1週目の設定変更手帳のお題が
「あなたは願いを叶えることが好きですか?」でした。
これらが重なって、私の中の「願い」の設定が見えてきました。
(実は引き寄せ得意体質です)
私の「願い」の設定は「勝手に叶うもの」でした。
よく漫画とかで神様が【そなたの願い、叶えてしんぜよう】とか言って叶うものが「願い」だったんです。
だけど現実にはそんなこと起きないから、結局「願い」は「叶わないもの」と同じです。
そして「勝手に叶う」ものだから、お題の「叶えることが好きですか?」に対して
「叶えるって自分がってこと?そんなことある?」
と強烈にモヤモヤしました。
そりゃ願えないわ、と思いました。
ここからさきこさんとはるかさんの話がつながって、「願い」の設定を変えることにしました。
願い=あ、いいな♡
こうなったらいいな、も近いニュアンスです。
全部ひっくるめて「いいな♡」と思ったことを全部「願い」とすることにしました。
そしたら
・かわいいイラストでインスタ投稿したい♡
・時間軸のマステほしい♡
・掃除機かけて部屋ピカピカにしたい♡
これが全部「願い」になって、私は願いを叶えるのが大好きです!!と心から思えました。
そして、すぐ叶います。自分で叶えられます。
なんて体感のよいサイクルでしょう。
今こうして投稿を作っている瞬間に、私の願いが叶っています。
見てくださったあなたにありがとうありがとうありがとう♡