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ダイヤ時々エンピツの芯(目次)

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ダイヤ時々エンピツの芯(第一話)

 

 

 

現在時刻、夜の10時20分。
まちこはそっとベッドから起き上がる。
隣には1歳半になる娘、朝子が眠っていた。
できるだけ音を立てないよう、ゆっくり寝室をでた。


まちこ、34歳。
夫と娘の3人暮らし。
大学進学を期に地元を離れ、そのまま就職、同期と結婚。
仕事は嫌いじゃなかったが、なかなかうまくいかなかった。
辛くてやめたいと思っていたころに子供ができて、大手を振って休めることになった。
育児休業はあと1年足らずで終わる。


できるだけ音を立てないよう忍び足でリビングへ向かう。
今日の寝かしつけは時間がかかった。
いつもなら夜9時には寝付くのに、全然寝ない。
昼寝が長すぎたのだ。

 


正しくは、起こしそびれた。
うっかりゲームに夢中になって、いつもは2時間で起こすところを3時間半も寝かせてしまった。
たっぷり寝たうえに起きた時間が夕方だったので、いつも寝る時間にはまだまだ元気だった。


ゲームやるのも少し控えないといけないとな、とまちこは思う。
昔から好きで、大学生のころなどはよく徹夜でゲームをしていた。
熱中すると気が済むまでとことんやりつくしたいタイプなのだ。


だが最近は少しゲームに飽きてきていた。
ログインボーナスが切れないよう毎日ゲームを起動しデイリーミッションをこなしているが、もはや面白いとは感じない。
じゃあ何のためにやっているだと言われると、自分でもよくわからなかった。
 

 

面白かったはずなのだ。
今はちょっとマンネリなだけで、レベルが上がれば、強いキャラが引ければ、また面白くなるかもしれない。
もしくは、他の新しいゲームを始めれば…。


もはや作業のようにデイリーミッションを進めていると、夫が帰ってきた。


「おかえり」
「ただいま。朝子寝た?」
「うん」
「今、何のゲームしてんの?」
「○×△」


夫もゲームが好きなので、たまにまちこがやっているゲームのことを聞いてくる。
特にスマホゲームはソーシャル要素も強いので、一緒にゲームをすることもよくあった。


「へー、それ面白い?」
「いや、別に」
「え、そうなの?なんでやってんの?」


聞かれてまちこは返事に詰まった。
確かに、特に面白いとも思わないのになんでゲームをしているんだろうか。


「なんでだろうね。暇つぶし?」
「暇つぶしかい。なんか他のことすれば?1年後復職なんやし、今のままで大丈夫なん?」


まちこ自身も理由がよくわからなかったので適当に答えると、夫は少しイラついた様子で言い返してきた。
まちこは何も言えなかった。


去年までは、まだ1年以上休めるし満喫しよう、と遊んでいても罪悪感はなかった。
毎日、育児と家事とゲームしかしていない。
時間を計算してみたら、1日のほとんどが朝子の相手かゲームしているかだ。
 

 

先の予定を考えるなんてほとんどない、今日すべきタスクもほとんどない。
行き当たりばったりでその日暮らしの毎日。
悪くないけど、本当にこれでいいんだろうか。
このままで、1年後復職して、ちゃんと働けるんだろうか。
夫の言うように、今のままで大丈夫なのだろうか。


まちこは、何かやらねば、と思った。
何をやればいいかはわからないが、今のままではよくないだろうという気持ちだけは湧き上がってきた。