中学の音楽の先生のところに遊びに行った。
シューベルトのピアノソナタで特に好きなメロディの曲を聴いて、アンスネスの弾くそのフレーズを思い出し、その曲をブレンデルで聴きたくなって、きっと先生ならレコードでお持ちだろうと電話をした。
良かよ、日曜なら午後おる、と快諾されたので、その場でレコードを聴けるように、レコード洗浄の道具を持って行った。
87歳の先生は、50年前の教え子が棚に満載のレコードを探すのを、横で腰掛けもせずに、見ていてくれている。レコードは亡きご主人の買い集めた物。ご主人は高校の音楽の先生だった。レーザーディスクもレコードと同じ枚数がある。膨大だ。
探しながら気づいた。同じレコードが何枚もある。全く同じというか、片方が輸入盤だったりするが、同じ演奏者で複数ある。
―――擦り切れた思い出の古いレコード
そういうフレーズを思い出す。何度も掛けて、音が悪くなってきたから買い足した、そういうことだろう。
フリッツ・ヴンダーリヒというテノールの歌う、シューベルトの『美しき水車小屋の娘』も複数あった。この歌手の他の録音も何枚もある。
「ヴンダーリヒが好きだったのよ、私も」と中学の先生は言った。「どこへ」という曲がとても好きで、と言われて、思い出して口ずさんだ。
お目当てのブレンデルのシューベルトはなかった。でも、「いいのがあったら持って行ってください。」と、ちょうど帰ってきた娘さんが言ってくれたので、ヴンダーリヒの『水車小屋の娘』の、輸入盤を手に取った。ジャケットはドイツ語だったので、先生に「これって水車小屋の娘てことですよね」と聞くと、そうよと言われたので、緑色のジャケットのLPをお借りした。
でもね、レコードは擦り切れたりなんかしない。逆にダイヤモンドの針が消耗してしまうくらいだ。レコードを聴くたびに音が悪化していくのは、静電気がほこりを吸着していくからで、さらに湿ったままだとかびも生えてくる。
これらのごみは、レコードの溝より細い最近の歯ブラシを使ったブラシを用いることで、出荷時の状態に戻してやれる。
何枚もあるのはその演奏への思いだ。心して聴こう。(了)