元航空自衛官の方と話をしてきました。

 24時間緊急出動体制のスクランブルは、ベルが鳴って5分以内に出動しないと罰があるのだそうです。
 乗る人が支度をする間に整備士が飛行機を準備。
 整備士だったその方は、そうやって準備した飛行機が飛び立って行くのを見ながら、日本を守っているんだという思いに涙が出ることもあったそうです。

 やっぱり戦ってるのではなくて、守っているんですよね。
 そう言ったときの、その方の笑顔が印象的でした。

 そうやって飛び立った飛行機は、飛び立った理由に近づいてビデオを撮ってくるのですが、そこにはこちらに銃口を向けたよその国の戦闘機が写っていたりするのだそうです。
 だから、若い自衛官の中には出動前に怖じ気づいてしまう人もいて、頭をはたいて出動させたこともあったそうです。

 武力での戦いをなくす方法、守らなくても攻められない方法があったら、教えてください。
 でもそれまでは、その方の笑顔と家事をきっちりこなす姿に癒されていることにします。
「聖徳太子が建てたんや」
「違う。大工が建てたんや」
~灰谷健次郎「天の瞳」


 今月もまた、民家の学校へ行ってきました。

 世の中のすてきなものごとに出会う機会に恵まれて生きてきたと思っていましたが、
棟梁が墨糸をはじくのを見た瞬間、なんてすてきなものを知らずに生きてきちゃったんだろうと思いました。

$manaoの運命帳IV-墨壷

 そしてみんなで「腰かけかま継ぎ」というものを作ったのですが、そもそも継手仕口という言葉をその場で初めて知った私にとっては途方もないことすぎて、子供の頃の雑誌の付録でいえば切り取り線のようなものがひとまずできあがったところでのこぎりを握ってみたりしましたが、その様子を見にきた師匠によれば、その線すら引き方がちがったり不正確だったりするらしく、さらにはこれおもしろーい!と感激したノミすら研ぎ方が悪いらしく、そんな職人さんたちを見ても、職人さんたちが建てた民家を見ても圧倒されるばかりの一日でした。
$manaoの運命帳IV


 人類の知恵、とか、匠の技、とか、そういうことなのかもしれないけれど、そういうことではないのです。
 何代もの方々が連綿と築き上げてきた技、ということよりも、一人の人がそれを一生の仕事としてきたということ。
 そのこつこつとした感じと仕事のすごさに圧倒されてしまいます。
 
 ま、職人さんたちがすてきすぎて、一日の終わりの宴ではガールズトークにも花を咲かせてしまったわけですが。。。



 航空自衛隊の観閲式の事前公開、というものに行ってきました。

 事の発端は、大震災後の被災地での自衛隊の活躍ぶりをテレビでみて感動してしまったこと。
 それを知った元航空自衛官の方に、招待していただいたのです。

 インドでホームレスだった子どもたちの住む家に泊まったとき、年長の子どもが私たちのために、枝の全くないヤシの木にするすると登ってヤシの実を穫ってきてくれたのがとってもかっこよかったのを思い出します。
 そしてその後に行ったベトナムでは、デフレだかインフレだか何かわかりませんが、とにかく日々の暮らしをするためだけでもとても分厚くなってしまうお札の束をスーパーのビニール袋に入れながら、バイクのガソリンの残量を、タンクに指を入れて確かめる知り合いのお兄さんの姿にほれたものでした。
 短い言葉で何と言えばいいのか分からないけれど、そういうかっこよさが、あの被災地での自衛官の皆さんにはありました。

 18万5000円のシンガポール航空の世界一周チケットで行ってきたあの旅行から17年、巡り巡ってきた観閲式事前公開。

 いちばん感動したのは、戦闘機の緊急発進の観閲飛行でした。
 今まで知らなかったけれど、日本の戦闘機も、24時間いつでも発進できるような体制になっていて、発進の合図のベルが鳴れば、すぐに出動できるようになっているのだそうです。
 壮大な24時間緊急時対応体制ですね。
 私なんか、誰かが吐いたとか転んだとかいう電話を受けるだけでもどきどきなのに、そんな状況で戦闘機に乗って飛び立っていくのってどれだけの緊張感なんだろうと思ったら。
 しかも音楽隊の皆さんの演奏する曲は、なんだかジブリ風。
 涙が出そうになってしまいました。
 いのちの守り方っていろいろあるのですね。

 $manaoの運命帳IV-blue impulse

 観閲式の後に会った小学2年生のknhちゃんに、「自衛隊って何するか知ってる?」と聞いてみると、「戦争。」
 knhちゃんにそう言われて、また17年前の旅行のときに、フランスの電車の中で会った元兵士の方を思い出しました。
 "People ask me how many people I killed, but I wanted them to ask how many lives I saved."
 私は小二じゃないんだから、人というものがいいところだけでできているとは信じません。
 自分の主張が通らなければ、武力とか権力とか、そういう力に訴えようとすることもないわけではないでしょう。
 「だから、人と戦いたくて戦争するわけじゃなくて、国を守るために戦うんだと思うんだよ。」
 いきなり車中で熱く説教される小二のknhちゃん。 
 
 「国」という概念がそもそもどうなのか、ということは置いておくとして、「国を守る」という思いがあるからこそ、24時間緊急発進に備えもすれば、大震災の被災地であんなふうに献身的にかっこよく活躍したりもするのだと思うのです。
 何より、私をこの観閲式に招待してくださった元自衛官の方の佇まいが、自衛官は「戦う人」ではなく「守る人」なんだと伝えてくれた気がします。
 knhちゃんのおとうさんおかあさんが有機栽培の野菜を作ったり、私が吐いた人のところにかけつけたり。そういうことの同じ線上に自衛官はいるのだと思う、と言ったらknhちゃんのおかあさんに怒られそうですが、たくさんの人の集まりの中で生きる人のいのちってそういうものなのではないかと思いました。

 

 息が苦しくて苦しくて、一人では何メートルも歩けないし、聴診器を当てれば肺がひゅうひゅういっているおじさんのおうちへ行ったら、10枚接ぎの地下足袋をはいて車いすに乗って、立派な民家の玄関前で佇んでいた。
 かっこよすぎてせつなすぎて、これだから訪問看護はやめられない、と思った。
 最後の一人になるまで残業していると、最後から二人めの人としみじみおしゃべりできる機会が多いのがいいところ。
 そんなふうにしてこの間もおしゃべりをした。

 看護師とか介護士とか、どちらかといえば需要過多で、それほど大きな不安を感じないで働く場所を変えられる仕事なだけに、いつまでここで働くんだろう、という疑問もすぐに心の中をよぎる。
 そんな中で、私にとっての「いつまでここに?」を説明しようとしてみた。

 誰にとってもいい条件というのはある。
 お給料がいいとか食べ物がおいしいとか仕事が楽しいとか。
 でもきっと、そんなにいいことづくし、便利づくしでは何か満たされないものが残るような気がする。
 そこに、自分にとってはいい条件というのが加わったとき、人はそこに愛着を抱くのだと思う。
 大切な友だちとかぼろいけどすてきな古民家とか。
 そういうのが、ここにいる理由になる。

 「ミツバチの羽音と地球の回転」の中で、祝島にもどってきた若い子が、「生きるならここって感じかな」と言っていた。
 それそれ。