前回の記事で、ベートーベンがメトロノーム表示を使い始めた作曲家の一人だということ、ピアノ・ソナタでは作品106「ハンマークラヴィア」にのみメトロノーム表示が使われていること、その解釈について書きました。
その途中で、同時代の他の作曲家のメトロノーム表示も気になってきて、クラマーとチェルニーの表示について調べてみました。
ウィーン古楽器博物館蔵
(この博物館では写真撮影は全て可です。)
説明書き
『このメトロノームはヨハン・ネポムク・メルツェルの作で、1816年にパリで特許を取得しました。 スライド式の重りで直立した振り子を動かす時計仕掛けの構造になっています。振り子のストロークは、毎分50から160回に調整できます。ベートーベンは、その作品のいくつかにメトロノーム表示を付けた、最初の作曲家でした。』
メトロノーム表示をベートーベンとほぼ同時期か、若干早く始めた作曲家がヨハン・バプティスト・クラマーです。
日本では『クラマー=ビューロー60の練習曲』のクラマーさんとして有名ですが、音楽史上では『練習曲集』と題した曲集を初めて出版した人として重要な作曲家です。
1804年から練習曲を徐々に出版し始めました。
84曲をまとめた初版『84の練習曲集』(1817年9月)には、すでにメトロノーム表示が含まれています。
ベートーベンがメトロノーム表示を始めたのが1817年12月なので、ほぼ同時期に使い始めた事がわかります。
初版の楽譜(IMSLP から)

指定された速さは「4分音符=132」。大体適切に弾く事ができます。
他の練習曲も見てみましたが、概ね適切だと思いました。
ですので、その頃のメトロノームは不良品だったということはなく、初期の頃からメトロノームはちゃんと使えていた事になるのではないかと思います。







メトロノームの話題で気になるのは、カール・チェルニーです。
彼のエチュードにメトロノーム表示がありますが、どれもほぼ全て超速くて、演奏不可能ですよね。
例えば・・・
(2分音符=108)
私は子供の頃、他の人はそのテンポで弾けるのかと思い、弾けない自分に劣等感を感じていました・・・
"Czerny's 'Impossible' Metronome Marks(チェルニーの「不可能」なメトロノーム表示)” by Marten Noorduin を読んだところによると・・・

チェルニーのテンポについては、当時すでに「速すぎる」という批判があったそうです。
このようなテンポ設定の考えられる理由については・・・
・彼のメトロノームも、ベートーベン先生のと同様に不良品だった。(ずっと不良品を使っていたとは考えにくい。)
・使用していたピアノフォルテが、現在のピアノよりずっと軽かった。(ところが実際に当時のピアノフォルテで演奏してみたところ、やはり難しかったそうです。)
・ベートーベン先生に習って、理想のテンポを書いた。(としたら、中には適切なテンポ設定の曲があってもいいはず。)
などが挙げられていました。
私は理由として、「理想のテンポを書いた」のか、あるいは、ちょっと意地悪に考えてしまうと「超速のテンポを設定することで難しい曲を作曲したように見せ、尊敬を得たかった」のかな?と想像しています。
皆さんはどう思われますか?
現在チェルニーのテンポで苦しんでいる生徒さん、安心してください。そのテンポは不可能なように設定してありますから。
ところで、チェルニーは、指使いの基本を確立した人としてピアノ演奏技術の向上に貢献したそうです。
なるほど!ありがとう、チェルニーさん!
以上、参考になれば嬉しいです。