スピリチュアルに走りすぎると人の精神や霊という四次元の世界のことばかり考えたり、物事を見る視点が世間と少しズレてきてしまって一般常識を持って社会人として過ごしている人々と隔たりができてしまうことがあると読みました📚️📖
普段家事や子育てのことをして、週末はチャペルで歌ったりお茶をしている生活が長いのでそれは非常に気づきにくかったですが、なぜなぜ??と思うことが現代の多様すぎる世の中には多いなぁと感じます。
例えばですが近年は結婚制度そのものを軽んじる発言をする発信者さんもいたりしますが、そもそも結婚とは群れの最小単位の形成であり、
文明の発展から個人の生存率が昔より格別に上がった現代では、個人の意向のほうが優先されて、籍だけで良かったり、キャリアの過程で赤ちゃんができたから入籍をしたなんてご家庭もありますよね。
私の母の世代と比較すると、家庭を持つことよりキャリアを維持することのほうに重きを置く女性も昔より増えました。
聖職者が悩みを抱えた若い信徒と頻繁に会っていたら面白くないと思う他の信徒もいるのがある意味普通であり、しかし理想が高く期待が大きいいわゆる気持ちが若いと、
「なんで教会でそんな発言が?」または「なんで聖職者がそんな考えを?」などとギャップに苦しむこともあるかもしれません。
しかし聖職者が神なわけではなく、神そのものが先ずそれ(人が神のようになる)を良いと思わない性質があります。
私たちは脳の中に犬や猫などの動物的で野生性の高い面も持っているし、逆にそれと反する力面も持っています。
そういえば私の叔母はお墓石のことを「ただの目印」と言っていましたが、それだとあまりにもロジカルすぎると思いますし、
我が家は逆に例えば結婚制度なら、チャペルで神と人の前で誓約を交わしたから、日々それを中心に過ごさないといけないなど神聖化しすぎているのかもしれないなと思わされました。
ロジカルすぎるのもフィジカルすぎるのものも少し変わった人と見られるのが世間一般で、結婚式では「神様はもしかしたらいるのかもしれないですね」と神聖な気分を味わいながら、
新郎新婦の車の手配や会場の片付けという現実に切り替えるのが世間一般なんだなと思いました![]()
宗教を政治経済で考える人もいますし、地球外生命体やスピリチュアルのような浮世離れした捉え方をする人たちもいますが、
私は皆で歌を歌ったりお茶を飲みながらお話をしたり、その人の抱える悩みや生きづらさの解消手段として重要な役割をする機関と考えています。
若い時とても励まされました📚️📖
夏休みの自由研究のテーマにもいいかもしれませんね📚️📖




