自殺の詩
歩き疲れてしまいました
しゃべり疲れてしまいました
何もかもに疲れて今日が来ました
けだるい午後の日ざしは 花をしおらせて
道行くひとの言葉も かすんでいました
うつろな心も終わりました
かわいた心も終わりました
何もかもが終わって 今日が来ました
小さな鳥の瞳は かたく閉ざされて
流れる雲に包まれる 自分を見ました
bye bye bye bye 今日のすべて bye bye
吉田拓郎
時代なのか、内面に帰するものなのか?
田舎育ちの貧乏人のガキが新聞配りながら一応苦学生的に大学出て、職を転々とする
中で外資系企業に勤めるという経験もできて、金持ちの女性と「逆玉」で結婚して、
30代後半であこがれの湘南の地に家を構えて、その後の脱サラもまずまず、やり手で
気立てのいい、くだんの伴侶には恵まれ、大学の友人との親交も続き、一時はやれ
海外だぁ、スキーだぁ、サーフィンだ、英会話だと趣味も満喫して、家にはかわい
い犬を飼い、去年の2月末には山梨に庭から富士山の望めるセカンドハウスも購入で
きて、今はワンコを連れての週末ライフにも忙しい。十分にお釣りの来る人生。
なのに、何だろう ... 。
早逝した友や周りの不幸を目にするにつけ自己嫌悪感にさいなまれる。
なのに、何なのだろう ... 。
甘えているだけなのか。偉そうに言っている俺こそが「平和ボケ」なのか?物質欲だ
けではひとは満たされないということか?
ひとつ決定的にあるとすれば ... 。
リハビリに毎日勤しんで、状態は大分よくなっている。強迫観念のように、水泳とリ
ハビリを続けているから ... 。でも、やはり30歳のときのオートバイ事故による後
遺症は俺に暗い影を投げかけているのだろう。
「もし」はあり得ないのだろうが、もし皮肉にもあの事故がなければ恐らく俺は悲惨
な末路を辿り、64才というこの年までは生きていなかっただろうと常々思う。今の
自分はない。元来俺は強い人間ではない。
本当は何がしたいのだろう?何もしたくないのだろうか?
そして、どこに向かうのか?
そして、どういう幕切れをするのだろうか?
今日起きがけに拓郎のこの曲が脳裏をよぎって、頭の中をぐるぐる回ってる。
※自殺の詩とほぼセットで次の曲がいつも蘇る。プラスαということで ... 。
花嫁になる君に
指がふれたら
ポツンと落ちてしまった
椿の花みたいに
おそらく観念したんだネ
君はいつものように
電話に僕を呼びだし
ぼくを笑わせた後で
その宣言をしたのだった
お料理を習うのも
まんざらすてたもんじゃないよ
そちらから電話を切ったら
君はもっと他のことも
云おうとしてたんだろう
受話器をおいたら
終わってから初めて気づく
運命みたいに
ぼくにも 悲しみが湧いてきた
君はこれからぼくに
気軽に電話をしなくなり
ぼくの退屈さを救ってくれる君は
いなくなったのだ
お料理を習うのも
まんざらすてたもんじゃないよ
とつぜん とても確かになったのは
とり残されたのは
ぼくだったということなんだ
吉田拓郎


