(昔話になります)

 

母は最初こそ抗がん剤をしていましたが、待合室で色々な情報をもらってきたのか、途中から、抗がん剤をやっていたら病院に殺される、と言い出しました。

白血球が落ちてきて、抗がん剤が打てない日も増えてきたのも理由としてあったと思います。

 

命が掛かっていますから、もうそれは手当たり次第でした。

私が覚えているのは、以下の4つです。

食事療法、気功(がんに特化した教室)、帯津病院に通院とあとπウォーターなるものを飲んでいました。

 

何がどう効いたのか分かりませんが、しばらくすると肝臓の腫瘍(の写り)がファジーになってきて、骨の腫瘍も写っている数が減ってきて、大喜びしていたんです。

これで少しでも延命できれば!出来るかも!と願っていたところ、

 

しばらくして冬に風邪をひきました。父が外から持ち込んでしまったらしいのですが(私は当時独立したばかりで別居していました)、風邪を引いた途端、その消えかかった腫瘍が一気に息を吹き返し、元の状態に戻り、そしてあっという間に増殖、増悪していきました。

この間、わずか2カ月くらいだったと思います。

 

原因は風邪によって免疫力が落ちたことではないかと考えられます。

 

真相は分からないですが、そのまま体調を悪くし、ほぼ寝たきりになり、最後は胸水が溜まり、食べられるもの(量も種類も)どんどん減っていき、自宅で静かに亡くなりました。

(私が大学を卒業して、経済的なゆとりができて)これから第二の人生、という時なのに、今死んだら、何のために生まれてきたのかしら、と嘆きながら死んでいきました。

60歳まで生きたいと常々言っていましたが、かないませんでした。

身内としては見るに耐えなかったです。

 

自分で選んだ治療法でうまくいかなかったのだから、納得してもらうしかないのですが、(私と弟の学費のため色々我慢してきたのに)、今死んだら何のために生まれてきたのか、と言わせてしまったことが子供として本当に辛かったですし、今もその気持ちが拭えてはいません。

 

以上、5年を短めにまとめましたが、私の母のストーリーです。20年以上経った今でもこのことを思い出すと涙が出ます。

お墓参りをするたびにこのことが思い出されて、今でも涙が出ます。

 

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民間療法を否定する訳ではありませんが、こんなリスクもあるんです。

標準療法と比べて一長一短あると思います。

私は併用で、標準療法やや強め(多め)、で行こうと考えています。