会社からの帰り道、ふっとあることが頭を出し侵略してきた。
それは、3年前のこのくらいの時期だった。 私は、婚約破棄をした。
彼とは私が大学2年生の頃に友達を通じて知り合った。彼はその時3年生。家も近所だしなにかと気があって、付き合い始めた。結局彼が卒業し広島の実家に帰ってもとても仲が良かった。けれど、始めの頃は彼氏彼女関係にあったけれど、一緒にいた8割はとても仲のいい友達だった。だから、彼は合コンにも行くし私も好きな人と付き合ったり別れたり付き合ったり別れたりを繰り返していた。私が風俗稼業をしていてもそれ以上のことをしていても、彼はむしろそういう世界に興味をもっていた。それでも、とても仲がいいから周りから見れば付き合っていると見えただろうけど、実際は本当に友達だった。
私たちは夜には彼のゴリラに二人乗りして大声で歌を歌ったりした。
ビールをたくさん買い込んで、多摩川の河川敷に座って前に見えるキューピーの工場と分倍河原にあるボーリング場のネオンを見ながらぽけーっとしていた。私がまだ未成年だった時たまたま呑みに行った帰りにおまわりさんに捕まりお縄になって私が家裁行き、彼は簡易裁判所で罰金刑をうけた。それを笑い話にして楽しんだ。
横浜スタジアムや東京ドーム、名古屋球場、広島市民球場で野球観戦に熱中した。ドラフト会議の時にはふたりともアルバイトを休んで自分たちが緊張しながら動向を見た。原付ゴリラで足利に来たりもした。
私が普段見られない、アダルトビデオを見ながらあーだこーだと意見しあった。下北や原宿などに洋服を買いに行ったりこじゃれたカフェでまったりした。いつの間にか私も広島弁がうつり、ふたりでなまりを普通に身につけ大喧嘩をしたりした。
私たちは本当に仲がよかった。でも、彼氏彼女ではなかった。お互いに恋愛感情なんて一切持ってなかった。
彼が広島に帰り自営の税理士事務所で修行をし、私もなんとか大学5年生で卒業でき地元の市外郭団体に就職してからも相変わらずのふたりだった。
そして私たちは婚約した。私は新天地で行政書士免許取得し自分の事務所を構えるつもりだったし、そしてあまり興味のない結婚のことは「まぁするなら彼とじゃなきゃ嫌だなぁ」と漠然と思っていたのでちょうど良かった。彼は、親のすすめでこの婚約を受けた。おそらく私たちは、選択ミスだった。
彼は私とだけしか付き合ったことがない人だったけれど、結婚直前まで出会い系サイトで知り合った女の子と会ったりして楽しんでいることを知った。そして広島で私の身内になる予定だった人たちからは専業主婦になり彼が税理士になるまで家で支える、そして跡継ぎの子どもを授かるだけの女と見られていることを知った。
直前まで、迷った。式場も決まっていたし新居も移り住む準備は整っていたけれど、考えた挙句取りやめることにした。
父母同士でたくさん話し合いの場があったけれど、彼は破棄を決めた私の決断に即完全に乗った。私以上に破棄を望んでいたのかもしれない。
そして今がある。
早すぎる、という声も多々あったけれど結果的にはだんなさんと結婚して、本当に良かったと今は思う。 私のだんなさんは、みんなに冷たくて協調性が一切なくて仲良くなりたくないタイプと思われてると思う。けれど、実際は違う。 彼は、隠すのがうまいんだ。悲しいことに。なんでもかんでも自分の心にしまって傷つかないように完全武装している。そんな自分を絶対に見破られないように。私が彼に一番に望むこと。好きなことをしたり自分に合ったペースで、心の底から楽しい嬉しいと思いながら日々を過ごして欲しい。我慢や妥協なんて、一切して欲しくない。
でも実際は、彼に我慢させてしまっていることばかり。私じゃ、彼を幸せにできないのか。幸せにできなくても、悲しい思いをさせたり無理したり、そんなことばかりの人生を歩んで欲しくない。 たとえ彼がひとりぼっちだとしても、私がそのわき腹をこちょこちょくすぐってひとりじゃないって思わせたい。そして私が先じゃなければ、彼と一緒の死期を迎えたい。
この3年間、本当に色々なことがあった。もしかすると私が統合失調症を発祥したのは、3年前のことがきっかけだったのかもしれない。でも、悔いはない。仕事上でのイジメややっかいな人間関係のせいでズドンと落ちたことだけ、後悔しているというか恨めしく思う。でも、病気を持っていても、それなりに楽しかったり嬉しかったりする機会は少しだけでも手に入っているのかもしれない。 今このブログを書いている私は少なくとも、不幸せではない。
それで、いいのかもしれない。