河内木綿 | すくらんぶるアートヴィレッジ

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《大阪商業大学「商業史博物館」》

577-8505東大阪市御厨栄町4-1-10/06-6785-6139

https://ouc.daishodai.ac.jp/museum/

本学商業史博物館は1983(昭和58)年10月27日に谷岡記念館内に設置された商業史資料室・郷土史料室の施設及び収集資料を基盤に、博物館相当施設指定申請を行い、1999(平成11)年6月1日付けをもって指定を受けた博物館相当施設である。博物館相当施設の指定には、資料の整理公開や施設面積の他、学芸員の確保や一定期間以上の開館などの条件が課されるが、当館ではすでに平成3年度から、収集資料の整理や資料目録発行の事業を展開していた。

本館の資料は、かつて本学で教鞭をとられた佐古慶三教授収集文書がその根幹をなすとともに、地元東大阪市の新聞収集家中谷作次氏より寄贈を受けた新聞資料を中心とする中谷コレクションなどを所蔵している。前者は2435点の大阪の商業史を中心とする基礎資料で、後者は約10万点にも及び、貴重な新聞資料としてその名を知られている。また地元である御厨村加藤家に伝わる資料など、地域の資料についても精力的に収集している。江戸時代の大阪商人の活動を体系的に解説し、その歴史と文化を伝える商業史資料室1~3と江戸時代の農具や河内の綿作にまつわる史料を展示した郷土資料室1、2からなる常設展示と、平成23年度に新設された企画展示室から成り立つ。平成24年度展覧会「近世浪華の町人の文人趣味」、平成25年度展覧会「花外楼―老舗料亭の一品―」を実施、商業史の一環として★大阪画壇の顕彰につとめるとともに、毎年精力的に本学資料を紹介していく。

 

 

★「谷岡記念館」

https://ouc.daishodai.ac.jp/campusmap/kinenkan.html

昭和初期の建造物である旧校舎を移転・復元した、本学のシンボルとも言える谷岡記念館。2000年には、国の登録有形文化財にも指定され、大講堂や学園資料室のほか、府内4番目の博物館相当施設である、商業史博物館なども併設しています。

https://www.city.higashiosaka.lg.jp/0000014440.html

大阪商業大学の創立者にちなんで命名された谷岡記念館は、大阪商業大学の前身、大阪城東商業大学時代の本館を、学園創立50周年記念事業の一環として修復したものです。

http://www.tanigaku.ac.jp/contents/guide/kinen.html

谷岡記念館は平成12年(2000)に東大阪市では初めてとなる国の有形文化財として登録された歴史的にも価値の高い学園のシンボルです。

http://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/186570

同館は1935年(昭和10)大阪城東商業学校の本館として建設されたもので、完成時は白亜の殿堂と評され、当時から学園のシンボルとなっていました。1980年(昭和55)大阪商業大学の正門前から、約33.5m北西に移動させるとともに、改築復元を行い、昭和58年(1983)創立者谷岡登の遺徳をしのぶ学園資料室のほか、商業史資料室、郷土史料室を設け、大学開放の象徴的施設「谷岡記念館」として生まれ変わりました。1階に設けられた学園資料室では、学園の80有余年の歩みとして、学園のさまざまな取り組みを紹介する映像・各設置校の変遷がわかる写真等を展示。また学園にゆかりのある古い資料等の実物を展示するなど、建学の理念をどのように具現化し、受け継いできたのかを紹介しています。また、2・3階には平成11年に博物館相当施設に指定された大阪商業大学商業史博物館があり、2階は江戸時代、「天下の台所」として栄えた商都大阪の歴史を当時の商業用具や古文書を使って展示解説している商業史資料室、3階は河内の稲作と河内木綿をテーマに展示解説している郷土史料室があります。そのほか、1階には河内の各地で郷土の歴史や文化について調査・研究活動を続けている市民文化サークル28団体が加盟し活動拠点としている河内の郷土文化サークルセンター室も設置されています。

https://kouyuukai.org/sisetu/kyuukousya.html

初代館長に就任された小林得一郎先生は、母校第2期生として卒業されて後、母校教諭に就任され、昭和54年3月、母校における10年間の校長職を退任されると同時に、学園の理事に就任された。以後も、学園発展のために心血を注ぎ尽力された。しかし残念ながら、平成12年9月27日文字どおり学園一筋の人生を全うされ、多くの卒業生や関係各位に見送られ、享年87才で永眠された。

 

 

《東大阪市文化創造館》レポート

https://higashiosaka.hall-info.jp/report/2017/20170608.html

河内平野の風土と歴史が育んだ河内木綿は、東大阪の大切なモノづくりの一つです。東大阪の伝統工芸を伝承するため、東大阪市文化創造館の内装にも河内木綿を使用します。

 

・・・9月に「アリス」のコンサートがあるので、チケットとりました。

 

 

《参考》

●八尾市立歴史民俗資料館「河内木綿の部屋」

http://www17.plala.or.jp/yaorekimin/sz-mome/mome01.htm

581-0862八尾市千塚3丁目180/072-941-3601

http://www17.plala.or.jp/yaorekimin/

●河内木綿藍染保存会

http://www.kawachimomen.com/index.html

★藍工房/村西徳子

581-00001八尾市末広町1-10-10/072-923-1589

●河内木綿たかはし商事

581-0037八尾市太田2-185/072-949-5145

http://www.takahashi-syouji.info/

●茶吉庵プロジェクト

築250年旧河内木綿問屋「茶吉庵」を「働き、交流する場」として蘇らせたい

https://faavo.jp/osaka/project/2585

581-0883八尾市恩智中町3丁目-1/072-943-7007

https://chakichian.co.jp/

 

 

・・・紡いだ糸で布を織る。たいへんな作業です。

 

《参考》「たぬきの糸車」/日本昔ばなしデータベースより

http://nihon.syoukoukai.com/modules/stories/index.php?lid=86

 

 

・・・糸車で「ガンジー」を思い出しました。

 

 

・・・目的であった「糸車」の使い方はわかりましたが、とりあえず「綿」の苗をいただきましたので、それを育てることにしましょう。