HImaP&Σ わたなべまなぶ。
2024年4月16日(火)AM8:46

人間として必要不可欠なのが感受性。

永遠に生きる人種が果たしているのか?いないのか?

わたなべまなぶは我々が知らないだけで、居ると思う。

だが、その人達が善人か?悪人か?というと。

人間はみんな善悪表裏一体であり、自分自身に害ある人間や不都合なことを起こす人間は排除したがる。
それを正義というか?悪事というか?

無論、倫理観や道徳心の教養があれば、どれが、正義感で、どれが悪事となるのか?それを世界中の人間が認識して境界線はある。曖昧な内容があっても必ず境界線があり善悪の結果が決まる。

永遠に生きる人種の中でも最強であれば、人類を物のように扱う気持ちもわからなくもない。

人々を病気に出来る圧政も。お金も健康体も人生も自由に出来て、長年生き永らえるのだとしたら?

ただ、他の記事でも言ったように。

わたなべまなぶは永遠に生きる人種は叡知であり、善良な要になる神に等しい人間である。

だからこそ、犯罪や悪事というルールや規定を正しく審判し、あらゆることを判別出来て、正当な運命を人々に与える権力者だ。

人の心身の痛みや苦しみを全て経験した人間がいる。

権力者なのに?そんなことが必要なわけがない?

権力者って想像は頂点に立ち、人々にうらやましいまでの自由な人生で誰にも負けない権威を使える?

そこがさ。人々が手のひらの中の人間と言わしめること。

誰が好き好んで、心の痛みや苦しみ、苦悩を経験したい?ない方がいい。

肉体的に痛みや苦しみ、辛さを誰が好きで経験したい?健康体であるならそれがいいに決まってる。

人間は個体一つで一つの人生というのが我々の常識だ。

だが、永遠に生きる人種がいるとして、どういう種類があると思う?

叡知とはなんだと考える。叡知を誇る人種。

それはさ。人が経験したがらない嫌な経験なども含めて全てを熟知している頂点に立つ。

肉体の様々な痛みや苦しみ。病気苦しみ痛みや外科手術の痛みや完治するまで、様々な事故死の苦しみや経験。

人が死んだらその状態の苦しみや痛みは受け継がれないしわからない。

それが我々の知らないこと。経験したことないことはわからない。識別不可能なことはわからない。

未知の領域を知ってからわかったことがある。

人が浅はかなのは、心の痛みや苦しみ苦悩、肉体的痛みや苦しみの経験からくる他人への優しさや親切心。

未知の領域を駆使出来てる権力者も、未知の領域を使えなくて通信技術を駆使して組織力を生かした権力を持つ者でも、医者として外科手術を技術的に会得して、医学的統計データで人を治療出来る能力があろうとも。

人の痛みや苦しみが本当の意味でわかっていて、理解し、優しさや労りの感受性や悪事への自制心などを養うことを捨てれば、どんなに権威を使える人間でも。

結果は人のことを知らぬ無知な欠落人間である。

わたなべまなぶは想像力でそれをそうだと知ったのだけど。

これを読んだ人がどれだけ未知の領域や、人間のことを理解してるかにより、それぞれ判断は変わるだろう。

嘘の内容と思う人、真実だと思う人がそれぞれいるけど。結果はどうやって生きるのか?

でも、人々を操れる権威を持つ人間が、人を道具のように扱うことで、残忍になること、残忍な心理思考で人を操ること。

これが人としてどんなに権力があろうと、勝ち組でいようと、心の一部が欠落人間であること。

善良の要になる神に等しい人間達は必ず、善でも悪でもあって、色んな役目を背負い人として生きる。

だが、決して残忍だけでなく、人としての倫理観や道徳心を捨てれば、ただの害獣でしかない。

共存共栄の元祖。人の祖先、人の発祥に関係してる人達が善良であるのは、心身の痛みや苦しみを全て経験し知ってるための覇者である。

そう、だから未知の領域の人間であろうが、永遠に生きれない人間だろうが、同じ人間であれば、生きてる内は、みんな共通事項がある。

それは心身ともに良好な状態で人として幸せになれる共存共栄こそ。人として生きる理由。

この教えはわたなべまなぶに潜む色んな人達の恩恵から学んだことです。

言うより、この言葉を残すより、現実はわたなべまなぶもまだまだ未熟であり、善良だけで生きてはいない。ただ悪でも正しき悪はある。必要悪とは正しき内容で正しき識別で判断で判別でようやく執行できるもの。

わたなべまなぶは完璧に近い人達をリスペクトしてる。