ひとつの時代が終わった瞬間 | 杉原学の哲学ブログ「独唱しながら読書しろ!」

ある雑貨屋さんで、思いがけず小学生の女の子と話す機会があった。

 

学校で流行っているのか知らないが、いくつかクイズを出された。

 

最初は絵を見せられたのだが、そこには四角の枠が描かれていて、その隅っこに小さく「れ」と書かれている。

 

「なにこれ?」と聞くと、「花の名前」と言うので、0.2秒で答えてあげた。

 

「スミレやろ」

 

「正解〜」

 

そして次の問題。

 

「マリオの本名は何でしょう?」

 

「え、マリオに本名とかあるの?ほんまはないんやろ?」

 

「あるよ」

 

「えーっと、ジョン・スチュワート・マリオ?」

 

「違うよ!ややこしいな!」

 

「スーパー・マリオ?」

 

「違う」

 

「あかん、わからん。教えて」

 

「正解は、マリオ・マリオ」

 

「ええ!?ウソつくなよ〜。ホンマに?」

 

「YouTubeで見た」

 

「それ嘘ついてるYouTubeやで。俺がいまスマホで調べたるわ。……ホンマや……マリオ・マリオや」

 

「ほらー」

 

僕はマリオの本名を教えてもらったお礼に、僕が子どもの頃に流行った遊びを教えてあげた。

 

「両手をグーにして、こすり合わせてみて。ほんでニオイかいでみい。……ブリッ子」

 

「なにこれー」

 

「学校でやってみい。めっちゃ流行るでー」

 

「絶対流行らんわ!」

 

それはとても楽しい時間だったのだが、その楽しさは一瞬にして吹き飛んだ。

 

その女の子に、ナチュラルに「おじさん」と呼ばれたのだ。

 

その子は何の悪意もなく、ただ、おじさんを「おじさん」と呼んだだけだった。

 

僕の記憶の限りでは、素で「おじさん」と呼ばれたのはこれが初めてのような気がする。

 

僕の中で、ひとつの時代が終わった瞬間だった。

 

「お……おじさんちゃうで……。お……おにいさんやで……」

 

相手がボケたわけではない以上、もはやツッコミは成立しない。

 

僕の言葉は力なく宙を漂い、地面にポトッと落ちた。

 

「あ、ああ……」

 

地面に落ちて佃煮のようになった自分の言葉を拾い、それを大事にポケットへ入れた。

 

僕はその女の子に「じゃあね〜、ばいばい……」と、精一杯のカラ元気で手を振り、店を出た。

 

「おじ……さん……か」

 

秋の空はどこまでも澄み渡っていたが、それはもうあの頃の空の色とは違っていた。

 

(終)