大阪でやってた「親鸞展」に行ってきた。
そこでなんとなく思ったのが、
仏教に限らず、宗教って、よくもわるくも
「子どもの遊び」みたいなところがあるなぁ、
ということである。
子どもはよく人形などを持って、
「こいつ最強な。こいつの技絶対防がれへんねん」
みたいな設定を勝手に決めて遊ぶ。
仏教でも、
「阿弥陀如来はどんな悪人でも
絶対救ってくれるって約束してくれてんねん」
という設定を誰かが決めて、それをみんなが
なんとなく諒解してやっているだけ、
という見方だってできるのではないだろうか。
ただ大人の場合には、
全マジでやってる「子どもの遊び」。
ときにはそこに命すら懸けるのである。
それだけ「信じるに足る何か」があるのだ。
それでたくさんの人が救われるのだから、
それはそれはすばらしい遊びである。
そもそも、如来が人間を救うのも「遊び」である、
というのをどこかで読んだことがある。
如来でさえ遊びで人を救うんだから、
僕らがそれをやったってバチは当たらないだろう。