みなさん、こんにちは。

私は、日々の生活の中で心に浮かんだ言葉を書きとめるようにしています。

それは、自分への戒めだったり、自分への励ましだったり、世の中に対する憤りだったりもします。

そんな私のとりとめのない独り言を、ブログでもつぶやいていきたいと思います。

私の独り言が誰かの目にとまり、誰かの心に何かを届けられたらうれしいです。

 

 

『他人や他人の人生を批判する時間

 ほど不毛なものはない。

 自分の人生とはまったく関係ない

 のだから。

 自分の人生の質を向上させたければ、

 自分の今と未来にのみフォーカスすれ

 ばいい。』

 

 

私は、このブログの他に「塾長パパの子育て&教育研究所」という

ブログを書いているのですが、実は、先日そのブログのある記事に批判コメントが

届きました。

けっこう辛辣なコメントでしたので、もちろん多少はショックでしたし、正直、読んだ直後はイラっともしました。

しかし、私は、批判に対して批判で返すことはありません。

その時のコメントのやりとりは以下の通りです。

私が返信した後は、その方から再度コメントが来ることはありませんでした。

何かを感じてくれていたらいいなぁ、と思っています。

 

○○さんからのコメント(原文まま)

 

『他人事だからといい加減なこと書くな!!
 こんだけあらゆるもんが値上がりし、まともな職に就くのすらむずく、

 そこまでにも災難や災いが降りかかるのに子育て?舐めすぎでしょ』

 

私からの返信(原文まま)

 

『○○さん、ブログを読んでいただきありがとうございます。

 確かに、おっしゃる通り、今の世の中は多くの人が生きずらさを感じて

 いるのだと思います。

 ○○さんが、どのような人生を歩んでおられるのか分かりませんので、

 無責任なことを言うつもりはありません。

 ただ、私が子育てや世の中を舐めているということだけは、明確に否定

 させていただきたいと思います。

 私は、子育ては地球の未来を創る人類史上最高難度のミッションだと

 思っています。

 地球の未来を明るいものにするために、私は子育てや教育に命を懸けて

 いるのです。

 そこはご理解いただければ幸いです。

 ○○さんが、今の世の中やご自分の人生に不満を持っていらっしゃること

 は、文面 からも伝わってきます。

 しかし、どうか、他人を批判するエネルギーを、ご自分の人生の向上や

 世の中をよくするためにお使いいただければと思います。
 私は、他人の人生を批判する時間ほど不毛でもったいないことはないと

 思うのです。
 他人の人生は、自分の人生とは全く関係ないのですから。
 ○○さんの人生がより良くなることを心より願っています。
 改めまして、ブログを読んでくださり、貴重なご意見をいただいたことに

 感謝申し上げます。』

 

 

以上のようなこともあり、ここ数年、私は他人を批判することにエネルギーを注ぐ人がとても増えているように感じています。

 

批判にとどまらず、特にインターネット上で誹謗中傷をする人もとても増えている印象です。

 

他人を批判してしまう人というのは、自分の人生に大きな不満があったり、あるいは自分に自信がなかったり、そんな人なのだと私は考えています。

そして、その不満の原因が、周囲の他人や環境にあると思い込んでしまっている。

だから、自分や自分の人生から目をそむけ、誰かを批判することで自分を保とうとしてしまうのではないでしょうか。

不満を誰かにぶつけないと気がすまない、他人を批判することで自分の存在や正しさを認めてほしい、そういったものが現代社会にはびこる無差別批判につながっているような気がするのです。

しかし、もし自分の人生に不満があるならば、むしろ他人や周りのことを見ている場合ではありません。

他人の人生は、自分の人生には全く関係なく、他人の人生を批判することは、自分の人生に何の良い影響も与えません。

はっきり言えば、無駄な時間であり、命の無駄遣いをしているということなのです。

それを続けている限り、延々と不満だらけの人生を送ることになります。

人生を変えたいなら、自分を変えるための行動を起こさなくてはなりません。

そのためには、他人の人生や環境を見るのではなく、自分自身や自分の人生にフォーカスする必要があります。

自分としっかり向き合い、自分の人生の質を向上させるためにすべきことを考える。

自分の人生にのみ集中するのです。

 

自分の人生の質を向上させることだけにエネルギーを注ぐのです。

 

自分の人生に幸せを感じている人や、自分に自信があり自己肯定感の高い人は、決して他人を批判したりはしません。

むしろ他人の幸せを応援することができます。

 

自分の人生にしっかりとフォーカスし、人生を好転させ、幸せを感じられる人が増えれば、世の中はもっともっとHAPPYになるはずです。

いじめや虐待、自殺、差別、紛争・戦争、あらゆる社会問題も解決していけるはずなのです。

 

もし、今、自分の人生に不満があり、他人を批判することが多くなっているという方は、視点を他人の人生から自分の人生へと移してみてください。

それだけで、見えている現実や価値観が変わり、人生が変わり始めると思いますよ。

 

視点を変えれば、新しい人生が見えてくる

 

 

それでは、今日はこのへんで。

 

 

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みなさん、こんにちは。

夢追う塾長です。

私は、日々の生活の中で心に浮かんだ言葉を書きとめるようにしています。

それは、自分への戒めだったり、自分への励ましだったり、世の中に対する憤りだったりもします。

そんな私のとりとめのない独り言を、ブログでもつぶやいていきたいと思います。

私の独り言が誰かの目にとまり、誰かの心に何かを届けられたらうれしいです。

 

 

『何人もの他人を打ち負かす人よりも、

 結局、昨日の自分に打ち克つ人が

 一番強いのさ。』

 

 

これは、私自身がずっと自分に言い聞かせ続けていながらも、なかなか実践できていない独り言です。

 

人間とは、楽な方に流されたり、現状を維持しようとしたりしてしまう生き物です。

 

もちろん私もそうですし、それがダメだとは思っていません。

 

しかし、もし自分の人生をより良くしたいと思うならば、人間の本能的な性質に支配されていてはいけないとも思っています。

 

昨日の自分に打ち克つということは、本能に抗い、あえて苦しい道を選択し、自分を成長させ続けていくということです。

 

自分の成長こそが、人生をより良くするための唯一の道です。

 

私には、人生をかけて成し遂げるべきミッションがあり、人生の質をもっともっと高めていきたいと考えています。

 

だから、私は昨日までの自分と戦い、打ち克たなければなりません。

 

夢の実現や目標達成につながる道にいる敵は、

昨日までの自分自身だけです。

 

他の誰かと戦うということは、脇道にそれ、無駄なエネルギーを使うということ。

 

他人と自分を比較したり、他人を打ち負かそうとしたりしてはいけません。

 

そもそも自分以外の誰かと戦う意味などないのですから。

 

自分との戦い(自分の成長)に集中し、その道をまっすぐに進む。

 

それができた時、あなたは誰よりも高い場所にのぼりつめていることでしょう。

 

そう、結局、自分に打ち克つことができる人こそが最強なのです。

 

戦うべき相手は、昨日までの自分のみ!昨日の自分を超えていけ!

 

もし、自分の人生において、いつも誰かとの勝負に明け暮れてしまっているという人がいらっしゃれば、戦う相手を昨日の自分に変えてみてください。

 

成長のスピードが圧倒的に早くなり、人生の質が劇的に向上していくと思いますよ。

 

それでは、今日はこのへんで。

 

 

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みなさん、こんばんは。

 

私は、日々の生活の中で心に浮かんだ言葉を書きとめるようにしています。

 

それは、自分への戒めだったり、自分への励ましだったり、

世の中に対する憤りだったりもします。

 

そんな私のとりとめのない独り言を、ブログでもつぶやいていきたいと思います。

 

独り言が誰かの目にとまり、誰かの心に何かを届けられたらうれしいです。

 

 

『常識的に考える。

 それは、100人中99人と同じ人生を

 歩む、という決断を下すことだ。』

 

 

人はよく、「常識的に考えて・・・じゃない?」「ふつうは・・・でしょ。」などと言います。

 

多くの人が、特に何も考えずに「常識」や「ふつう」という言葉を使っていると思います。

 

そして、その常識やふつうがあたかも世の中の正解であるかのように考えている人もいるのではないでしょうか。

 

「常識」という言葉を辞書で調べてみると、

 

『ある社会で、人々の間に広く承認され、当然もっているはずの知識や判断力。』や

 

『社会を構成する一般的な人が共有し承認している、または、有すべきと考えられている価値観や知識。』

 

と書かれています。

 

社会を構成する多くの人が持っている、または持つべきと思われている価値観や知識を「常識」というわけです。

 

「常識的に考える」ということは、世の中の多くの人と同じような価値観を持ち、同じように考え、同じように行動するということなのです。

 

つまり、常識という枠の中で考え、行動するということは、100人中99人の人たちと同じような人生を歩むということなのです。

 

もし、世の中のほとんどの人が、ストレスもなく大きな幸せを感じて生きているとしたら、その社会の常識の中で生きることは正しいと言えるのかもしれません。

 

しかし、現代の社会はどうでしょうか。

 

多くの人々がストレスにまみれ、幸せを実感できず、人を批判したり攻撃したりすることに終始し、隣国に戦争をしかける国さえある、そんな世の中の「常識」は、はたして正しいと言えるでしょうか。

 

常識的に考えることで、最高の人生を送ることができるでしょうか。

 

自分が理想とする最高の人生を送りたいのならば、常識という言葉は今すぐ捨てるべきだと私は考えています。

 

あくまで私の感覚ですが、今の世の中で、理想通りの最高の人生を歩んでいるという人は、1%もいないと思います。

 

そして、そのような人の価値観や考え方、行動は、きっと常識という枠の外側にあるはずです。

 

私が常に心にとめ、子どもたちにも伝えていることは、

 

みんながやらない「やるべきこと」をやり、

みんながやっている「やらない方が良いこと」をやめる。

それが、100人中1人だけがたどりつける、

最高の人生を送る方法である。

 

ということです。

 

みんなと違う道を進んでこそ、最高の人生は見えてくる。

 

 

私も、日常生活の中では「常識」や「ふつう」という言葉はほとんど使いません。

 

みなさんも、多数派の人とは違った「非常識」な価値観、考え方、行動を意識してみてはいかがでしょうか。

 

見える景色が180度変わると思いますよ。

 

 

それでは、今日はこのへんで。

 

 

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