衣被(きぬかつぎ) | 学びをつくる会世話人リレーブログ

衣被(きぬかつぎ)

 農協の直売店で里芋が大量に並んでいた。季節だなあと、自分がサボって作らなかったことを悔やみながら眺めた。頃良い、実にいい大きさの芋をそろえた30個ほどの袋詰めが150円と信じられない値段で出ている。衣被だ、と途端に感触がよみがえった。
 何年も食べていないと思った。忘れるほど久しぶり。実際はどこかで一つふたつ食べているかもしれないが、そんな記憶でなく、もじゃもじゃの毛皮を半分だけ脱がせて、白い固まりを口に押し込んだときの、あのねっとりとじんわりとした感触と、口の中でつぶれ溶けていくほんのり甘い澱粉質の舌触りと味。無性に食べたくなった。
 大きさにこだわって、いくつもの袋の芋を比べて、気に入ったのを買い込んだ。似た大きさを比べるのは案外難しい。長さ5cmほどで径は4cmかそこらの、まあやや長丸のいい形。
 さて、早速水洗いして鍋に入れたら、多すぎて、中鍋の中では一番大きいのに取り替えた。ここで量ということに全く気が回らなかったのが不思議だ。なぜ芋を減らすことに気付かないのだろう。次に水の量に迷った。が、まあそれはいつもの通り適当に。芋が隠れるぐらいならとにかく煮えるだろう。何分煮ればいい? 茹で卵ぐらいでいいか。
 さてさて、湯気の立つのを手にして、皮をそっとむいて、塩をちょっとつけて、これだこれだ、うまい。2つめ。こんなに指がねとつくんだったっけ? 種類が変わっているのかな? 皮も薄いようだ。4つ食って、満腹してきた。これ以上は胸が焼けそうだ用心しよう。かつての食い放題腹のはち切れる喜びは古い夢としよう。笊の山盛がちょっと減っただけだ。あと6・7回分はあるようだ。
 腹がくちくなると、月見の団子のことが頭に浮かんできた。中秋では芋の季節に早いから芋ではなく団子なのかな。やっぱり芋だったのが形の似た団子に変わったのかな。日本でイモは自然薯=山芋=長芋から始まったのだろう。それに里で栽培するイモ=里芋が加わり、甘藷が加わり、馬鈴薯が加わったのだと、流れを追ってみる。衣被というのは、もっとも簡単なということは原始的な食い方だったろう。焼芋・じゃがバタも、原始的でうまい。焼芋は焼藷であるはずが、なんで芋なのだろう。焼芋ははじめ里芋使っていたのかな。今度、里芋を焼いてみようか。ストーブを焚き始めたらなんでも焼ける。
 ところで、衣被の語だけど、きぬをかづくというのが平安の女性の身嗜みにあったのから転じたんだろうが、担ぎとはあまり嬉しくない。きぬかづきのままで残っていてくれればよかったのに。それにしても、指のにちゃねちゃするのは困ったものだ。子どもの頃の記憶には、そんな感覚は残っていない。食い気が先で気にしなかったのか。指を汚さない方法を考えて、茹でた栗を二つ割にしてスプーンでほじって食べるのを思い出した。試しに、ナイフで二つに切ってやってみた。何とか指をあまり汚さずに食べられる。だが、どうもこれは面倒極まるし、まどろっこしくてかなわない。まるで食った気がしない。原始的なものは原始的に食わねばならないものなのだ、やっぱり。
 ついでに、八つ頭の煮物を思い出した。あれも実にうまい芋だ。あれも最近食っていない。いやどこかの宿でうまいのを食ったな。記憶の曖昧さ、というより変化してしまう?記憶が最近ひどく気になる。あれに今度は挑戦して煮てみよう。食うことにこんなに気が回るのは久しぶりだ。食い気を失ったかと淋しかったのが、回復するならうれしいことだ。