「一緒に帰ろう」


彼女はそう言って、にっこり笑った。


さっき会ったばかりの2人。


何の接点があって一緒に帰ろうというのか。


僕の疑問はもっともだろう。


ますます疑心暗鬼の僕は彼女から少し離れる。


彼女は不思議そうな顔をしたが、あっ、と思いだしたように


「ごめん!理由もなしに帰ろうもないか」


と肩をすくめて言った。


彼女はこう話す。


自分の名前は真咲といい、僕の叔母だという。


僕の母に頼まれて迎えに来たのだというのだが。


僕は母の顔をあまり覚えていない。名前も覚えていない。


3年前の夏にこの園の前に捨てられた僕。


よくあるパターンだ。


『この子をよろしくお願いします』の一言もない。


ここにいろ、と言われて僕はずっと立っていた。


だただた、立っていた。


迎えに来ると思っていたのだ。


こんな僕でも、母にとってはたった一人の子供だ。


大人しく待っていればきっと迎えに来る。


捨てられることなんてないと思っていた。


でも。


待てども待てども日が暮れるだけ。


流れる汗。


駆け寄る靴の音はしない。


聞こえるのは虫の音と家に帰る子供たちの声だけ。


立ち疲れてかがみこんだ僕に声をかけられてくれたのは園長。


結局母は迎えに来なかった。


僕が必要じゃなくなったのだ。


いや、僕を恐れて手放すのが得策とでも思ったのだろうか。


母に訊ねる術はないから分からないけれど、そんな母が今さら迎えに行けと頼みごとをするのだろうか?


僕はそんな疑問を地面に書いて彼女に伝えた。


『母がそんなこというはずない』


その文字を見た彼女は、首を横に振って否定する。


「お母さん、今ちょっと遠いところにいるんだけど、いつか君に会って謝りたいって言ってるよ」


『うそだ』


「ほんとだよ。だから、一緒に行こう?」


『しょうこはあるの?』


彼女はう~ん、と悩んで苦笑い。


「証拠かあ。ないなあ。あ、でも君がいつどこで生まれて、いつここに来てっていうことは全部知ってるよ。・・・あ、ストーカーみたい??」


胡散臭いなあ、と思いながら僕は今の現状を考えた。


今ここにずっといても、変わらない毎日。


友達もできず、大人にも腫れものに触るみたいに扱われて。


このままでいいのか?って思っていた。


誰かに救いを求めていたところはある。


彼女について行ったところで、母の話が本当かなんて分からない。


もしかしたら新手の誘拐かも。


でも。


今の状況を打開するには、何かしらの変化が必要だ。


もうここの生活にも飽きてきたし。


それに何だかこの人、嫌いじゃない。


勘で動こうとするなんて、僕もどうしたことか。


ちょっと息を吐いて、僕は彼女に笑顔を見せた。

彼女と出会ったのは、少し風の冷たさが感じる秋の始めだった。


お昼御飯も食べ終わった昼休みの時間、僕はみんなから離れ一人庭の隅で座っていた。


いつものことだ。


みんなもうわかっているように僕には近寄らない。


分かっている。


僕のそばに寄ったところで、僕は上手に笑えない。


それどころか傷つけるだけだ。


早く、今日が終わらないだろうか・・・・


毎日思っていることを今日も考えていると、門の前に一台の黒い車が止まるのが見えた。


車の中から、一人の女性が出てきた。長い黒髪がきらきらと太陽の光に反射する。


表に出ていた園長が、その車に近寄り僕を呼んだ。


聞こえないふりをしたかったけど、園長の隣にいる彼女と一瞬目があってしまった。


しまった、と思ったのもつかの間、彼女の方から僕に近寄ってくる。


「こんにちは」


僕に声をかけながら少しかがみこんだ彼女の髪がさらりとこぼれた。


「・・・・・・・・」


なんだよ、誰だお前は。


僕は警戒心を解かない。


そんな僕に彼女は微笑む。


「ごめんね、びっくりするよね。誰だお前は?って感じだよね」


分かってるじゃないか。僕は初めて会う人ににこやかにできるほど、できた奴じゃない。


「別に笑ってくれなかったからって、嫌な奴とは思わないよ」


僕の気持ちを読んでいるのかというように、彼女は僕に話しかける。


彼女はしゃがみこんで、僕の瞳を見つめた。


「・・・・・・うん、やっぱりそう。君だ。会いたかったよ、ずっと。」


会いたかった?ずっと?お前は僕を知っているとでもいうのか?





「一緒に帰ろう」




そういって彼女は、にっこりと笑った。

満天の星空が僕たちを包み込む。


僕はその星空を見上げ、彼女は星のかけらを手にしようと高く高く手を伸ばす。


届くはずものない数々の星。


でも錯覚を起こさせるように、すぐそばで光り輝いている。


彼女は言った。




「こんなにも近いのに届かないよね。


分かってはいるけど、諦めたくないの。


諦めてしまったら、もう動けなるから。」




僕は彼女を見つめる。


彼女は伸ばした手を戻し、僕に笑顔を向ける。




「きっと届くんだ。想い続ければ。


ずっと信じるんだ。願いが叶うように。


だから」




彼女の暖かな瞳は、星空のように輝き僕を包む。




「離れても、ここで待ってるよ」






僕は忘れない。


彼女と過ごしたこの時を。


きっと、ずっと。