若い頃、私は小心者で気が短い性格でしたが、そうすると周りからの影響を激しく受けていました。
それに加えて霊媒体質という霊的に敏感な(興味を非常に持ちやすい)体質だったので(たぶん)自分の心の思いを持て余していたのだろうと思います。(今から振り返ると)

常に動揺し、心が安定せず、さりとて努力を積み上げて何かを成し遂げるというタイプでもなく、成果が出ないので、それも不安になり、その不幸になるべくしてなるという性格が薄々わかっていたので、ますます心の思いの袋小路に入り込んでいたように思います。

知識としては、それらを探していたので、たくさん本も読み(ネットがなかった・・今の人はうらやましい)、考えに考えて(行動はしない・・笑)日々悶々と過ごしたようです。(今振り返って反省すると)

今の自分ならば、そこでやり直して、もっとより良い人生が送れただろうとも思いますが、その送れるはずの要点を把握できなかったのが、痛いなぁと今思い返せます。

その要点はいろいろあるのですが、やはりその中で肝心なのが心の不安定を安定させる方法や心構えで、いろいろな方法があったり、試しましたが、結局は素朴な、非常にシンプルなもの・・しっかりした自分を持てるように訓練するという(習慣にするという)シンプルで素朴なところに行き着きます。

これは自分にとってはですが、深い内容なのですが(体感を得るということ)、文字にすると上記のようにシンプルなのですよね。安定と不安の間を行き来しているのが、私たち人間の心の思いなので、そこを客観的に見つめて、つかんでしっかりした自分という安定の状態を会得する(自分なりの方法で・・人により方法は違うと思っているのですが・・理由はまねても無理だったので・・苦笑)ことが、人生の大部分の目的ではないかと愚考するところまで来ました。

とくに激しい情報の洪水、あめあられなネットの世界なので、ますます必要だなぁと思い自戒の意味も込めて書いてみました。(この記事は自分のためなんだよね・・苦笑)

この書くという方法も自分を客観的に見るひとつの方法なので・・。(読み返すので)(≧▽≦)

 

自分は(自分の心の思いは)よく見失うもので、またよく見つけるものなんだよね。(; ・`д・´)