大量の農薬が使用される綿花栽培 ~ラジオ放送より~ | mana store のblog

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いつもブログをご愛読頂きまして、ありがとうございます。!!




さて、いつもはオーガニックコットンについて「オーガニック目線」でブログを書かせて頂くことが多いですが、今回は農薬がどのように普及していったのか、また一般綿花農場での農薬使用の実態などを、





先日NOCが紹介されたラジオ放送内容より抜粋し、ご紹介させて頂きます。





オーガニックコットンは、1990年頃から世の中に知られるようになりました。農薬を使わない、昔ながらの農業に戻ろうという考えが沸き起こったのです。では、従来のコットンの畑は、何が問題だったのでしょうか。





一般のコットンの畑では、化学肥料・殺虫剤・除草剤などが大量に撒かれています。また最近では、農薬とセットになった遺伝子組み換えの種もものすごい勢いで広がってしまいました。






農薬が環境を汚染し、生き物の生態系を壊し、畑で働く農家の人々や近隣に住む人たちの健康を損ねることが分かったので、農薬に頼らない昔ながらのオーガニック農業に戻そうという考え方が生まれてきたのです。






では、なぜそんなに大量の農薬が、毎年毎年撒かれてきたのでしょうか。それは、化学肥料や農薬は化学工業の産業にとって利益が大きく、なくてはならないビジネスになっているからです。農薬産業がどのように生まれたかをみれば、その理由が分かります。






1945年に第二次世界大戦が終わり、アメリカは爆弾や化学兵器を作ってきた巨大な工場の設備を使って、何かを作らなければならないと考えました。そこでまず考えられたものが、洗剤や化粧品、プラスチック製品などでした。中でも、大量に使われる可能性があったのが、合成洗剤でした。





1941年にアメリカでテレビ放送が始まって普及が進んでいき、テレビコマーシャルが人々の生活感をかえる力を持つようになっていました。洗剤の会社は家庭の主婦の心をつかむ為、ドラマのスポンサーになりました。アメリカでは、それはソープオペラと呼ばれました。





その後もテレビの普及により、家庭の主婦はテレビにくぎ付けになりました。合成洗剤が爆発的に売れ始めたことは、言うまでもありません。その後、シャンプーやリンス、化学合成の化粧品が女性の心を捕らえたのです。





話が合成洗剤にそれましたが、さて、爆弾や化学兵器を作ってきた巨大な工場の設備を使い作られた一方が、農薬でした。





1960年代に人類は急激な人口増加に直面して、必ず食糧危機がくるとマスコミを通じて恐怖感があおられ、緑の革命と呼ばれた食糧造産計画がアメリカで始まりました。





その新しい農法は、大量の化学肥料を使い灌漑を張り巡らせて、品種改良された種を使い、効率を上げるため単一種の作物で栽培するというものでした。当初はうまくいき、それまでの何倍もの収穫ができるところもありましたが、しばらくすると想定外の減少が起き始めました。






窒素肥料を使い過ぎ、土壌の劣化が起きたのです。また、単一作物を栽培したため害虫が大量に発生して、その駆除のために大量の殺虫剤が使われました。そして、農薬が水源を汚し魚がとれなくなり、水質の悪化のため農民の健康を損ねていきました。






なかでも、綿花栽培では大量の農薬が使用されています。現在、コットンの畑では世界の農薬使用の10%、殺虫剤に限ると25%も使われているといわれています。コットンの畑は、世界の耕作面積の2%ですから、いかに大量の農薬が使われているかということが分かります。






一方オーガニックコットンは、20年以上もかけ実績を積み、化学肥料ではなく有機肥料を、殺虫剤のかわりにはテントウムシやクサカゲロウなどの天敵の益虫を生かすなど、有機栽培で育てらられています。





今回は少し長くなってしまいましたが、ラジオ放送3日目の内容を中心に、書かせて頂きました!!






ラジオは、インターネットより簡単に聞いて頂けますので、是非コチラからお試し下さい音譜






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