Facebookに書いたものを、こちらにも書いてみます。
最近思ったこと・・・
最初は誰もが初心者だから、より経験のある人から教えてもらったり指導を受けなければならないけど、極めてゆくと、すべての人の中に独自性があるから、同じ人から学び続けることは不自由なものでしかなくなる。 だから、すべての学びは、それを学ぶこと自体よりも、自分自身を顕すための通過点に過ぎないと思う。
先生を慕っていて、離れたくないと思っても、自分の魂が先に離れてしまうので仕方がない。
良い先生はすべての人は自分自身を顕現するために生きているということを理解しているから祝福してくれるけど、残念ながらそうでない場合が多い。離れた途端に強いエネルギーを向けて縛ってきたりする。
人の数だけ、真実があり、いろんな目的や活動があると思うけど、誰かに指導を受けているときに注意しなければならないことは、自分がほんとうにそれをすべきなのかということ。どんなに力のある先生も、自分の経験や真実からしか人を導くことはできないし、それは自分のとは違うかもしれない。あなたにはこういう能力があると言われても、全然ピンとこないこともある。また、能力をどう活かしてゆくかも、本来は自由なはず。
そういうとき、自分を信じることがとても大切だと思う。
自分はわからなくて、先生はわかっていると思ってはいけない。
そんなことは絶対にない。
それよりも何よりも、確信が持てないまま本来の自分の道ではない道を歩んでしまっていたり、間違った道を自分の道だと信じてしまっているときほど、魂と大地と、自分自身と、そして世界と切り離されてしまうことはない。
それがほんとうの孤独だと思う。その道では出会うべき人に出会えない。そしてその孤独が、「ほんとうの幸せはそちらではありませんよ」という魂の声を代弁しているのだけど、収入があったり、現実面でうまくいったりして、気づかないままの人もいる。
地球が大変革を迎えて、混沌としている今、手放すことって大事だと思う。誰かの言葉や、外からきた情報をいったん脇へ置いて、自分の中からやってくる喜びや叡智だけを信じる気持ち、自分が生きていることへの奇跡や存在意味を愛する気持ちを持つことが大切だと思う。
偉そうなことを書いてるけど、私は自分が自分を信じられずに散々迷ったから、自分を信じることを学びました。
長々と読んでいただきありがとうございます。
※写真は、近所の空き地の、雑草の中に咲いている薔薇。
空き地は定期的に除草されていますが、
草は刈っても刈っても生えてくるし、刈り込まれてしまった薔薇もちゃんと咲きます。
生命を感じる光景です![]()
(メッセージは要りません
)
愛をこめて
miyuki
