1月21日の診察日から4カ月が経過しようとしているが、癌については特にご報告することはない。 
腫瘍マーカーのCEAは、ずっと基準値以下をキープしている。 
肺炎マーカーのKL-6はいつものとおり高値だったが、教授先生がもはや気にしていないので僕も気にしないでいる。 
腺がんに反応するマーカーなので、どっかに転移した癌に反応しているのだろう。 
先日撮った体幹部のCT画像も特に所見はなかったが、以前に生検した左頸部の既知のリンパ節は、放射線を当てても完全に消失させることはできなかったという最終結論に至った。 
リンパ節には癌細胞の死骸(ネクローシス)しか残っていないので、ここは腫れているように見えても心配はいらないとのことだった。 

注射は、 
・ランマーク(3カ月に1回)・・・73回目 
・リュープリン・・・58回目 
・フェソロデックス・・・77回目 
で、 
・イブランス・・・74クール 
となった。 

 来月には脳みその造影MRIが控えている。 
前回は「何かがあるが、血管なのかもしれないしこれだけではよく分からん」というものが映っていたとのことなので、今回の検査ではっきりするといいな。 
 

2014年に、僕の人生に断りなく癌が入りこんできて早や11年。 
ちっちゃな癌細胞のくせに大きなツラをして、僕の人生に多大な影響を与え続けている。

昔は、もし癌になっていなかったら・・・なんてことをよく考えていたけど、そんな連想ゲームにもすっかり飽きた。 

今の僕と癌の関係は、気にしていないふりをしてずっと無視しているけど、実は互いに横目でめっちゃ見てる・・・そんな感じかな。 
そこには煩さや憎しみ、もちろん愛おしいというような感情は全くない。 
あるのはただ存在しているという事実だけ。 
もちろん僕は癌に居座ることを認めたことは一度もないのだが。 
 

闘病生活11年か・・・。 

治療は落ち着いているし、ひょっとしたらこのまま長生きできるんじゃないかなって思いがちになるが、あれだけパワフルで元気だった長年の闘病仲間だったにこちゃんが旅立ってしまったことを考えると、やっぱりいつかはこの癌で死んじゃうんだろうなって、認識を新たにした。 
僕のよく当たる予知夢では50歳で死ぬことになっていたけど、幸いなことにこれは外れた。 
外れたけど、でもこの5年くらいが次のハードルかなって感じている。 
にこちゃんの闘病生活がそれくらいで終わりを迎えたから、なんとなくだけど。 
もちろん僕と彼女とでは年齢は近しかったけど病勢は全然違ったので、同じ経過をたどるわけではないことはよく分かっている。 
僕にとってはにこちゃんの死って、それだけ大きなショックだったのだ。 
 

教授大先生の適切な診断でお薬がよく効き、これまでのところ生命に関わる臓器への転移はなかったけど、いつまでも安心できないことも分かっている。 

癌なのだから安らかに死ねるなんて思ってはいないし、最後は絶対に惨めなものに決まっている。 
覚悟はとうの昔に決めているので、今さら癌がどこへ転移しようが驚くことはないけど・・・ただ怖いのは未知の苦しみだけ。 
この世ではまあまあ真面目に生きてきたつもりなので、こんな報いを受けるっていうのは前世でよっぽど悪いことをしたのだろうか。 

11年も長生きできるとは思わなかったけど、おかげで癌が発覚して以来、後悔しない余生を送ることを最優先にして、旅行やお芝居、美食を楽しみ、会いたい人に会い、行きたいところに行って十二分に充実した人生を送ることができた。 
ただ・・・空の上の展望台からたくさんの美しいものを眺めたら、あとは下界に降りていくしかないことに気が付いた。 
下界しか知らなかった時にはあまり気が付かなかったけど、ヒトの愚行や醜聞といったイヤなところが、空の上の展望台から降りてきたらやたら気になるようになった。 
 ~戦争、テロ、拷問・・・で苦しみしながら散ったたくさんの命・・・嘆き悲しむ家族。 
 ~二度と復元できない先人たちの英知の結集の破壊。 
 ~○○ファーストといった自分のことしか考えない屁理屈の蔓延。 
 ~正直者が報われない不公平な世界 
 ~動物をいじめて殺す巧妙に隠されたヒトの二面性
などなど、枚挙に暇がない。 
僕は諦めが早いほうなので、こんな世の中にもういたくない・・・いこーる、一刻も早く逃げ出したくなる。 
これから先は、見たくないものには目をつむり、まずいものは口にせず、いい思い出だけを、いい思い出だけを胸に大切に抱きしめながら死んでいきたい。 
僕の感情を乱すもの・・・大きくは人間関係だが、徹底して避けていきたい。 
ほんとうに大切な人だけを大事にしたい。 
これからますます生きづらい世の中になっていくことを想像すると、惨めな死に方ではあっても、癌が僕の命を早々に終わらせるきっかけになるのはちょっとありがたい気もする。 


◆◆◆
 さて、「ごほーこく」というふざけたタイトルをつけたが、闘病ブログでまじめに「ご報告」とすると、「死んだ」か「釣り」としかとらえられないので、あえてこうした。 
結論から言うと、「白内障」になったことの「ごほーこく」だ。 
白内障自体は目の老化現象なので誰しもが通る可能性のある病気ではあるが、50歳過ぎでこの病気になるのは珍しいといえる。 
眼医者曰く、「若年性白内障」といって、スマホの見過ぎやデブ、その他生活環境的要因によって発症するらしい。 
若い人は進行が早く、また薬では治らないということなので治療は手術を勧められた。 

根っからビビりの僕は、これまでの数々の癌の治療でかなりの耐性をつけてきたと自負していたが、それでも人生で目の手術だけは絶対にイヤだと思っていた。 
しかし、それ以上に目が見えない不便さにイライラし、今ではもうやるなら早くやってくれって言うような心境だ。 
手術は日帰り手術で、片目の手術をして1週間後にもう片方の目を手術するらしい。 

費用は片目5万円なので両目で10万円。 
僕の場合は高額療養費の多数回該当に合算できるので、実質無料ってことになるかな。 
プラス日帰り手術ということで、5万円の保険金が給付されるだろう。 
ありがたいことだ。 
石破総理が高額療養費の見直しを打ち出した時には、治療は1ヵ月に1度から2カ月に1度にしようかと真剣に考えた。 
これ以上僕の病気で家計に負担をかけるくらいなら、治療の間隔を広げ、これが結果的に病気を悪化させたとしても甘んじて受けようと思っていた。 

なりたくてなった病気ではない、誰しもが病気になる可能性がある、そして癌の治療はものすごく高額で、援助なくしては治療が成り立たない。 
そして僕はしっかりと社会保険料を納めてきた。 
って考えると、委縮することなく堂々と頂いてもいいと思っている。 
「いつ死んでもよかったんじゃないの?」

って言われるかもしれないが、言い訳しておくと、標準治療をきっちりやった上での覚悟の話ということでご理解いただきたい。

決して代替療法や延命措置にしがみつきたいというわけではない。 

僕の白内障の症状としては、 
・ 霞やもやがかかったような、或いは朝起きたときに目やにが眼球についているように全体的に白っぽい。 
・ 近くのものも遠くのものも見えにくく視力が低下した。 
・ 白いものがまぶしく感じ、昼間はサングラスが欠かせない。夜間はハイビームを当てられたようにまぶしくて目がくらむので、車の運転は控えている。 
・ スマホやPCはネガポジ反転させて、黒い背景に白い文字だとなんとか読むことができる。 
・ 小さい文字は読めないので「拡大鏡」や「ズーム」といった機能を活用している。 
・ 新聞も読めないので、スマホの拡大鏡を使っている。 

って感じかな。 
 

白内障の手術は人口レンズを入れるのだが、焦点は遠くに合わせるか近くに合わせるかに限られる。 
僕は遠くに合わせ、近くのものは老眼鏡でカバーしようと考えている。 
そんなわけで、白内障、手術、術後療養ということになるので、ブログのアップが滞りがち・・・というか、確実に滞るので「ごほーこく」をさせていただいた。 

体調は落ち着いているので癌のことは心配ないし、白内障も簡単な手術らしいのでまず心配はいらないだろう。 

というわけでしばらくの間、ブログはお休みさせていただきますね。