遅ればせながら・・・みなさま、明けましておめでとうございます。
今年は暦のせいなのか、それとも僕がそういう年齢になったからなのか、いつになくお正月らしくないお正月で、新しい年を迎えたという実感がなぜかあまり湧かなかった。
新型コロナウイルス第8波の最中ではあったけど、みなさまは3年ぶりの行動制限のないお正月をいかがお過ごしでしたか?

昨年は特に大きな体調の変化もなく、(年末の緊急の仕事を除けば・・・)仕事も落ち着いていて、これ以上望んではいけないと思えるような穏やかな1年だった。

ただ周りを見渡すと世の中は全く穏やかといえるような状況ではなく、一寸先はほんと闇。
コメンテーターや専門家たちが未来予想図の自説を述べているのをよく聞くが、読めば読むだけ混乱するので、最近そういう類の記事は意識して避けるようになった。
世間の動きを知ることは大事かも知れないけど、政治も経済も明日のことがまるで予測つかない以上、新聞なんか一生懸命読んでもあまり意味がないんじゃないかと思うようになってきた。

神戸大学病院感染症内科の岩田健太郎先生が、自身の著書の中で、
「自分はテレビや新聞を見ない」
「見なくても困ることがないし、ほかにもっと貴重なことに時間を充てられる」
と述べていたが、最近同意できるようになってきた。
 
そんなわけで、僕は長年の産経新聞の愛読者であったが今年から購読をやめ、その時間を読書に充てることにした。

それにしても・・・。
僕が生まれてきたこの時代に、これほど深刻な世界規模のパンデミックやあのロシアが戦争を始めるなんて思いもよらなかったことが現実に起こっている。
まったくなんて時代に生まれてきたのだろう。
新型コロナウイルスで思いがけず人生が変わってしまった人が世界にあふれ、この戦争で何万人という人が死に、厳冬の中で身も心も震わせている善良な人々のことを考えると心が痛んでしかたがない。
共産主義、民主主義、社会主義・・・国を運営するのに頭のいい人たちが作ったたくさんの考え方があるけど、どれもが何かが欠けていて、いつまでも不幸な人たちが生まれ、救われることがない。
何千年という人類の歴史の中で、我々はいったい何を学んできたのだろう。
先日、田原総一朗さんが、
「この国に絶望的だったら、出ていきゃいい」
と言って炎上していたが、出ていけるものなら出ていきたい。
あらゆるものから逃げてしまいたい。
へたれな僕はそんな憧れが頭から離れない。
そういえば去年の今頃、福井県にある禅宗の名刹である永平寺に逃避行したのを思い出したが、うん・・・また是非行きたく(逃げたい)なってきたな。


以前ほど頻繁にブログを更新することが少なくなったこともあるけど、他の方の闘病ブログを訪れることも少なくなった。
がんになって新たにブログを開設した人は依然数多く見かけるけど、最近は僕がブログを開設した2015年当時からおつきあいのある方のブログを覗きに行くことだけが多くなった。
あれから8年・・・。
闘病ブログというカテゴリーだからしかたのないことかもしれないけど、更新が途絶えたり、「ご報告」という名のタイトルを見たり、厳しい病勢に元気のない方を見るとなんとも言えない寂しさを感じる。
特に、自分と似たような治療期間や治療歴のある方ならなおさらそう感じる。
ステージⅣのがんは治らない。
死ぬまで辛い治療が続くのだから、少しでも体が楽であるようにブログを通じて祈るほかない。
自分だって遅かれ早かれ同じ道をたどるのだから、先輩たちのこの病との闘いをしっかりと目に焼き付けておきたい。
・・・そう思いながら拝見するブログが多くなってきた気がする。

昨年12月の診察日のことをブログにあげていなかったけど、CEAは4.2だった。

 
ご存じのとおり、僕はあきらめが早くてなんでも悲観的にとらえる性格をしているが、そんな僕でさえ「もしかして癌が治ったんじゃないの?」って錯覚しそうになる。
PET-CTは長いことしてないけど半年ごとのMRIやCTのフォローでも所見はないし、だからこそ長年蓄積されたお薬を体から抜く・・・というお薬デトックスをしたい思いが日々強くなるけど、ま、あの教授先生では話も聞いてくれないだろうな。
(過去に一度相談したけど、癌と共存できているのは今の薬がキープしていると言われて断念した。)

日記を見返すとあの教授先生と初めて会ったのが2016年10月25日だったから、もう6年を越えたのか。
ドクハラとも言える横暴な態度に何度も悔しい思いをし、主治医の交代?転院?どこかに訴える?・・・ことを本気で考えたこともあったけど、病気をしてから9回目のお正月を迎えられたのはなんだかんだ言っても教授先生のおかげかもしれない。
そこは感謝しつつも、やっぱりこのオッサンにだけは看取られたくない。
いつか僕が弱って入院することになった時、ニタニタしながら回診にやってきて、僕を見下ろしながら患者に寄り添わない冷たい言葉に心を突き刺される風景が容易に想像できる。
いや、ひょっとしたら様子すら見にこないかもしれないな。
これは僕の考え過ぎではなく、実際にそんな目にあったことがある人を僕は知っているのだ・・・ね?(^_-)-☆

僕のよく当たる正夢では僕は50歳前後に死ぬことになっていて、それをこのブログで公言していたから楽しみにしていた読者がいたかもしれない・・・が、残念ながら今はその兆しはない。
でも僕自身はまだ安心していなくて、1~2年の誤差はあったとしても近い将来急変するようなことがあるかもしれないなってまだ思っている。
でも、ま、こうなると正夢とか関係なく、ステージⅣのがん患者あるあるって話だから、死ぬ死ぬって話はもうよそうと思っている・・・とはいってもいつでも覚悟だけはしているけどね。

今年も昨年同様、癌とうまく共存しながら穏やかに過ごせますように。
そして難しい世の中だけど、世界中の辛い思いをしている善良な人が少しでも減りますように。

最後に・・・。
うちのワンコも昨年9月に無事2歳を迎えることができました。
先日、お散歩中に右前脚の小指を骨折して元気がなかったのですが、犬の回復力ってすさまじく、10日後にはもう走ったり飛んだりしています。

 

<骨折して元気がなかったうちの子>

 

獣医師の先生には絶対安静だと言われているのに、まったく困った子です。
しかしこの子には病気もケガもなく元気に育ってほしいと願っていたのに、思いがけずケガをさせてしまって全く情けない思いをしました。
この子の顔見ていると、ふっと・・・もしこの子が先に死んだら悲し過ぎて生きていられないかもしれないなって思ってしまったけど、それって、逆もあるのかな。
僕が先に死んでこの子がそう思うのだったら、この子に辛い思いをさせないためにもがんばって長生きしなきゃ・・・なんてね。