今日の採血室はたったの12分待ちと、気味が悪いほどに空いていた。
持ってきた本を開くまでもないので、空いていた一番前のベンチシートに座って何気なしに採血室を観察する。

採血者がはめるゴム手袋は、一人の採血が済めば当たり前のようにゴミ箱行きになるが、患者ごとに手袋を変えることが定着したのはここ10年ほどのことだ。
当時は採血する人の安全確保が第一で、患者同士の交差感染についてはないがしろにされていたらしい。
手袋の使いまわしなんて今では考えられない話だが、1日に相当な人の採血をするのだから使い捨てにすればその消費量は凄まじいことになるだろうし、コストだってバカにならない…とも当時は考えたのだろう。
次から次へと手袋をとっかえる採血者を見ていると、その交換だけでも大変だなぁって思うし、1回ぽっきりの使い捨てはもったいないなぁとも思うし、製造や廃棄する時の環境への影響はどうなんだろう・・・なんてことをぼんやりと考えていた。

また僕の目の前の採血台に座っている男性は、左腕だけはなんとか採血台に乗っているが、体はこれ以上曲がらないというほど右にねじ曲げていて、そのまま僕と完全に目が合ってしまった。
「タスケテ・・・」

と言ったわけじゃないが、なぜか僕の顔をじっと見つめて哀願する表情がツボに入ってしまい、思わず吹き出しそうになって慌てて下を向いた。
180度どころか200度くらいまでねじ曲がっていたようだが、彼にとっては注射針から顔を背けるだけでは十分じゃなかったようだ。

僕の採血は滞りなく済み、いつものように結果が出るまで1時間ほど喫茶室で過ごした。
それから腫瘍血液内科へ向かって血圧と熱を測ろうとしたら、もう僕の番号が呼ばれてしまった。
いつもなら腫瘍血液内科の待合いに着いてからでも1時間以上は待たされていたのに、ここ2~3か月は採血結果が出たらすぐに呼ばれるようだが、これは一体どうしたことだろう。
ひょっとしたら教授先生の悪行非道が明るみになり、受け持ち患者が激減してしまったのかな・・・なんて邪推しながら診察室をノックした。

血圧と熱をまだ測っていないことを詫びたが、あまり気にされていないようだった。
パルスオキシメーターを指に挟みながら、血液検査の結果発表があった。

○ 好中球・・・42.5
1週間のイブランスの休薬週で、すっかり回復したようだ。
実は前回の診察直後に微熱が出たのだが、こういうことを言えば薬量を減らされるので黙っておいた。
(※ よいこの皆さんはきちんと申告してくださいね。)


○ CEA・・・8.2(前回10.8)
おお、下がった!どうやらフェソロデックス+イブランスは、僕には効果があるようだ。
僕は頭皮に多発転移していて、手で触れる癌がいくつもある。
その中でも左後頭部にある大きな腫瘍は、これまで大きくなったり小さくなったり、時には痛みを発したりして薬の効きめを教えてくれた。
その腫瘍がイブランスの前に飲んでいたフェマーラでマーカーが上昇に転じた時、自分でもぎょっとするほど大きくなり、手で触れると痛みが出るようになっていたが、今は一回り小さくなって痛みも引いたので、(イブランスは効いているようだなぁ・・・)という確信があった。



今日はこんないい結果だったので、3分で診察が終わった。
「あとは今日撮るCTの結果次第だなぁ」って教授先生は言っていたが、多分増悪しているようなことはないだろう。
あの例の腹痛がなんなのかは気になるところだけどね。

帰り際に教授先生が、
「注射は痛いかい?」
って聞いてきた。
「痛い」って言うとニヤニヤして喜ぶだろうし、「痛くない」と言えばつまらなさそうにするから一瞬返答に迷ったが、「看護師さん次第ですかね・・・」とごまかしておいた。
答えの反応はなかったが、我ながらいい返事だったと思っている。

さて、今日の注射を打つ看護師さんは、・・・美人だった。
ひょっとしたら、前回と同じ看護師さんだったかもしれない。
穿刺の瞬間は痛くなかったけど、薬剤が入っていく時はランマークもフェソロデックスも痛くって、額に脂汗を浮かべながら「早く終わってくれ・・・」と、そればかり祈っていた。
できるだけ痛くないようにゆっくり入れてくれる配慮はありがたいのだけど、看護師さんによっては(もうちょっと早く・・・)とか、(もうちょっと遅く・・・)とか、口には出さないわがままを言っている。


ランマークが終わり、フェソロデックスをお尻に注射するために一度リクライニングシートから立ちあがってシートを倒すのを待っていたら、美人看護師さんが何を思ったのか、
「立ったままで打ちますか?」
と、予想外のことを聞いてきた。

きょとんとして、
「え?立ったままで打てるんですか?」
と聞き返すと、にやっと笑いながら、
「私はやったことないんですけどね」
と、看護師さんが真面目にボケてしまったことに気づいて、二人で大笑いした。

注射が終わって出てくると、カーテンの向こう側で待っていた妻が、
「楽しそうだったね・・・」
と皮肉を言っていた。

本日のお会計は薬代を合わせて、205,050円。
限度額適用認定証を取っていないので、一旦はまともに払わなければいけない。
もう1か月か2か月すると、前に申請した分の払い戻しが返ってくるはずなので、それまでもう少しの辛抱だ。