前回から6週間ぶりの診察だ。
いつもなら同じ日に他院の耳鼻科を受診してから大学病院へ行くのだが、仕事が多忙で丸一日休みを取ることができなかったので、耳鼻科だけ2週間前に受診を済ませていた。
耳鼻科のカッパ先生(・・・失礼)は首のリンパ節腫大のことをちゃんと電カルに記録してくれていて、大学病院で受けたPET-CTの結果を尋ねてきた。
「やっぱりメタでした。PETできれいに光っていましたよ。主治医は、『キミの腫瘍は出たり引っ込んだりするけど、全体の腫瘍量は変わっていないと思われるので、今の治療を続ける』と、そう言っていました。」
と言うと、カッパ先生はまた電カルに記録してくれた。
SASの受診なのに、癌のことまで気にかけてくれるとは嬉しい限りだ。

さて大学病院に着くと、いつものとおり中央採血室へ向かう。
採血の待ち時間は約20分と出ていたが、この程度の混みようならすぐに順番が回ってくるだろう。
持ってきた電子書籍を開くことなくぼんやり待っていると、後ろで「ガタン!」と大きな音がして、
「すいません!すいません!」
と、女性の甲高い叫び声がした。
振り返ってみると、どうやら採血を待っていた人が意識を失って倒れたようだった。
採血中の看護師を除く数人がすぐに駆け付け、またある看護師は内線で「コード○○○○です」とどこかへ連絡をしていた。
すぐに中央採血室に備え付けのストレッチャーが運ばれてきて、倒れた人をベッドの上に乗せる。
見ると倒れたのは高校生くらいの若い男の子で、焦点の合わない目を薄っすらと開けていたので大事はなさそうだった。
面白かったのは、それまで背中を丸めてしんどそうに採血を待っていた患者たちが、ストレッチャーが運ばれてくるとみんなシャンとして椅子から立ち上がり、ストレッチャーが通れるように長椅子をガリガリと移動させていたことだ。
そしてストレッチャーが運び出されるとまた背中を丸め、ノロノロと長椅子をもとの位置に戻すと、一気に重症患者へと戻っていったのだ。
それからすぐにERからドクターが駆け付け、追って救命器具が入っていると思われる大きなオレンジ色のリュックサックを背負ったナースがやってきた。
会話を盗み聞きしていると、どうやら極度の緊張で貧血状態に陥ったようであった。
以前にYou Tubeで病院関係者向けの「院内急変時の対処要領」という動画を見たことがあったが、その動画と同じような見事な連携プレーで、「さすが!」と思える手際の良さだった。

前回の記事、「506 病としごと」で書いたように、今日は教授先生に診断書をお願いしようと思っていた。
しかし腫瘍血液内科の待合いで順番を待っていると、偶然「がん相談室」の張り紙に目がとまった。
なにやら社会保険労務士と連携し、がん患者の働き方について無料で相談に乗ってくれるらしい。
教授先生に診断書をお願いする前にまずは相談かもしれないな・・・と思い、廊下の奥にあるがん相談室の呼び鈴を押してみると、その日の診察終わりに予約が取れた。
「じゃ、今日は診断書の話はなしだね」・・・と妻と話していると、すぐに僕の番号が呼ばれた。

教授先生の診察室には秘書役の看護師と若い先生の3人がいた。
気になるCEAは・・・。
(今回)9.4 ←今回
(前回)8.7
(前々回)8.5
だった。
じわじわと上がってはきているが、マーカーのコンマ以下の数値で一喜一憂はしない。
そう思っている僕なのに、今日の教授先生はなぜだか大袈裟に「うーん」とうなっている。
「まあ、これくらいなら横ばいと言えないこともないか。他に治療の選択肢もないのだから、確実に悪化しているって言えるまで今の治療を継続だな」
っと、結論はいつもの結論に落ち着いた。
そばで見学している若い医師に対する演技的な指導のつもりなのか、それとも臨床経験豊富な教授先生のするどい何かの勘が働いたのか・・・。
僕は前者だと思うけどね。

ついさっきまで「今日は診断書の話はなしだね」と妻と話していたのに、突然妻が、
「最近主人の仕事が忙しくて、帰りが遅いんです」
と切り出したのには驚いた。
すると、教授先生は意外にも、
「ん?じゃ診断書書こうか?あなたには十分その資格はあるよ。ただ診断書を出すと残業ができなくなるから、残業代で稼げなくなるよ」
と、こちらから言い出さないのに、あっさりと診断書の作成を引き受けてくれた…ことにも驚いた。
僕は管理職なのでいくら残業しても残業代はつかないので、その点は心配ない。
医者にとって診断書を書くというのは非常に面倒なものだと聞くが、患者に求められれば出さないといけない義務がある。
教授先生のことだからなんやかんやと渋るんじゃないかなって予想していたのに、こんなにあっさり引き受けてくれたのには、こちらが拍子抜けしてしまった。


「え?いいんですか?じゃ、お願いします」って言った僕の声は、きっと1オクターブほど上がっていたのに違いない。
帰りがけに証明書類発行窓口で手続きをすると、4週間後には出来上がるらしい。
診断書が出ることになった今、さっき予約したがん相談室に行く理由がなくなっちゃったな。

でも。。。
診察室を後にした僕は、自分で望んだ診断書のはずだったのに、複雑な気持ちになった。
医師が就労制限の診断書を書くということは、僕の病状がそこまで進んだということだ。
とてもじゃないけど、喜べるような話ではない。
なんだか寂しい気持ちでいっぱいになり、僕が女子ならきっとトイレに駆け込んでさめざめと泣いていただろう。
妻のほうもすでに涙腺が緩んでしまっていたが、その時の僕は妻を慰める心の余裕もなかった。

外来処置室で今日で19回目のランマークを打ち、会計前に証明書類発行窓口で診断書を申し込んだ。
そこの事務員さんと相談しながら、先生に書いてほしい内容をまとめた。
①病名
②病状
③今後の見込み
④重作業の禁止
多分教授先生はこの4項目に関わらず、自分の書きたいように書いてくるだろう。
教授先生は患者から指示されることを最も嫌う。
それくらいのことはさすがにもう分かるようになってきた。

病院の近くで昼食を取りながらがん相談室へ行くかどうか最後まで悩んだが、折角予約したので行ってみることにした。

面談室という名の個室の中で、白衣を着た若い女性が話を聞いてくれた。
あまり期待をしていなかったのだけど、とっても親身に、かつ有用なアドバイスをしてくれたので相談をしてみてよかったと思う。
先生の診断書は診断書として、癌患者だから何ができて、何ができないのかを抽象的ではなく、具体的に会社と話し合うことが肝要だと言う。
幸い僕の会社は大きな会社なので、癌であることを理由に給与や役職をむやみに下げるようなことはしないはずだ。
そんなことをすると、(あそこの会社は癌患者に優しくない)・・・というような、会社にとっては名誉でない噂が広がる。
政府主導で癌患者の働き方のガイドラインが発表されている今、逆に企業は癌患者に対してどれだけの配慮をしてくれるのかと、僕のような働く癌患者は、今、絶好のPRになる。
…そんなお話合いを約40分ほどさせていただいた。
こういう知識のない業務部門は理解してくれなくても、人事部ならちゃんと話を聞いてくれそうだと、少し気持ちが落ち着いてきた。

次回の診察はクリスマスの予定だが、教授先生がどんな内容の診断書を作ってくるのか興味深い。
それまでに診断書をどのように使うか、じっくりと考えてみることにしよう。