2016.1.17に遠隔転移が判明し、ステージⅣに昇格した時に教授先生は僕にこう言った。
「これからは年単位で弱っていくだろう。やりたいことがあるのなら早めに済ませておくように・・・」と。
これと同じ言葉を今日聞くことになるなんて思いもよらなかった。
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僕は毎月1回、大学病院の腫瘍血液内科の予約時間の前に、SASの治療で耳鼻咽喉科に通っている。
この病院は僕の初発の乳がんを手術した病院で、大学病院とは別のところにある。
CPAPを保険適用にするためには、毎月1回、必ず医師の診察を受けなければならないのだ。
今月は風邪を引いていたこともあってCPAPをほとんどつけられなかったのだが、先生は怒りもせず、
「つけている時は調子がいいようだから、これからもがんばってつけていきましょう」
と優しく言ってくれた。
首のしこりができてから、首は耳鼻咽喉科の領域であることを知った。
風邪を引いていることもあり、
「ああ、確かに首のリンパ節が少し腫れてるけど、心配ないですよ」
・・・そんな言葉を期待して、このしこりについて相談してみた。
先生は僕の首を触診すると、
「確かに腫れていますね。痛みはありますか?」
と聞くので、
「いえ、最初しこりのようなものができたときは痛みがなかったのですが、4、5日前から圧痛がして痛みが広がってきました」
と答えると、先生の顔色がにわかに変わった。
「ウイルスや細菌によって首のリンパ節が腫れると少しさわっただけでも痛がるものですが、あまり痛がっていませんね。となると、気になる腫れではあります。喉を診てみましょうか?」
と言ってくれたが、
「これから腫瘍血液内科を大学病院で予約しているので、そこで診てもらいます」
と固辞して、耳鼻咽喉科を後にした。
「風邪で腫れているだけだよ」・・・というわけにはいかなかった。
すでにステージⅣなので転移には心の免疫ができていたと思っていたが、よりによって首メタか・・・と、呆然としてしまった。
さて大学病院に到着し、いつものように先に採血を済ませた。
いつもなら1時間半以上は待たせられるのに、今日は1時間でコールされた。
教授先生の診察室には、秘書役の看護師さんの他に、男女の学生さんが一人ずついた。
「変わりないかい?」
といつものように挨拶なし・・・いや、これが教授先生の挨拶なのかもしれないが、僕は、
「前回ご相談した首のしこりが腫れて、痛みがでてきました。」
と言うと、どれどれ・・・と、教授先生は僕の首を触診する。
「うん、確かにここになにかあるなぁ」
と、言いながら学生さんに、
「ほら、触らせてもらいなさい」
と促す。
こんなもので未来のお医者さんのお役に立つのなら・・・と、そんなに悪い気もせずに首のしこりを触らせてあげた。
その間に教授先生は、前回撮った造影CTの画像をパソコンの画面に呼び出し、マウスのホイールをカタカタと動かして首のところを確認する。
「うーん、何も映っていないなぁ。確かに何かあるのに映っていない。」
と、今度は放射線科医の所見を出す。
「放射線科の先生も首のことについては何も触れてないんだよ。・・・それはそうと肺。
そんなに大きなものではないけど、左肺の下葉に新しい結節があったよ。」
と、今度はその部分の画像を出してくれた。
そうですか?肺ですか。私、次は肺がんになりましたか。。。
「今後はこまめに肺をフォローすることにする。首のほうは・・・、癌だと痛みがないんだよ。でも痛いっていうからなんとも言えんな。(ここは耳鼻咽喉科の先生と痛みの解釈が異なっていた。)ひょっとしたら筋肉に転移してるのかもしれんな。うーん、今度はMRIを撮ってみるか?造影剤のアレルギーはないよな?ついでにPET-CTも撮っとくか。」
と言い出したので、慌ててスマホのグーグルカレンダーを呼び出す。
この時期、最高に忙しいのに・・・と泣きたい思いがしたが、こればかりはしかたがない。
「自分の都合よりも病院の都合を優先せよ」とのことなので、先生のご機嫌を損なわない範囲で日程調整をする。
今後の治療方針はその検査の結果を見て考えるらしい。
学生さんがいたからかもしれないが、教授先生はわざわざ僕のほうに向き直り、
「男性乳がんなんだから戦う武器が少ないのは分かってるよな。今のレトロゾールがよく効いてるけど、それでも1年半が経過すると今回のように新しい病変が出てきたりする。これからはずっとこの繰り返し。膵臓癌なんていうのは月単位だけど、ゆっくりとはいえ年単位で病状は進行する。10年、20年というのはやはり難しいと思うから、やりたいことがあるんだったら今のうちにやっておきなさい」
とおっしゃった。
教授先生でなかったら涙の一つや二つはこぼれていたかもしれないが、学生を前にしてわざと憐れむような顔をして、命の告知の授業をしているんだと思うと僕はうつむくほかなかった。
それにしても筋肉への転移?
あとでググってみると、軟部肉腫という希少がんのことを言っているようだった。
○ 皮下組織や筋肉などの軟部組織と言われるところから発生し、全身のあらゆる部位に出現する。(発生部位頻度は下肢に53%、頭頸部は3%だった。)
○ 中高年以降に好発。
○ 進行すると肺に転移する。
○ 症状は痛みを伴わないしこりや腫れ
○ 腫瘍マーカーには反応しないので、血液検査と画像検査(MRI)で判断し、良性か悪性かはPET-CTで調べる。
最後になったが、腫瘍マーカー(CEA)は8.5(前回は9.0)だった。
自覚症状はあまり感じないけど、命のタイマーは確実に進んでいるということを改めて思い知った。
お亡くなりになった樹木希林さんは「全身がん」という言葉をよく使っていたが、癌患者は「全身がんってなんやねん」って誰しもが思ったに違いない。
しかし僕の骨、肺、頭皮、首、縦隔リンパ節、右腋窩リンパ節への転移を考えると、「全身がん」ってこのことじゃないか・・・と、苦笑を禁じ得ない。