たまには夜行バスの旅もいいだろうと、出張先の岡山から次の出張先の東京まで、小田急の夜行バスであるルミナス号を利用してみた。
走行距離は777km。
20時30分に出発し、10時間後の朝6時30分に新宿に到着する便だ。
夜行バスには贅沢を求めない。
独立シートだけは譲れなかったが、後は可もなく不可もなくといった普通のバスで、移動中は姿勢の悪さから首の痛みに悩まされたが比較的よく眠ることができ、起きたらあと15分で新宿に到着するところだった。
夜行バスのいいところは安くて効率的に時間が使えるところだが、辛いのは朝、体がベタベタすることだ。
今回も例外ではなく、
(すぐにでもシャワーを浴びたいなあ)
って思っていたところ、新宿駅到着を知らせる放送の中で、提携しているサウナが特別料金で利用できるという案内があった。
公衆浴場と聞いて今の僕が気にすることは、ぽやぽやっと生えてきた寂しい頭と全摘した左胸のことだ。
まあ、平日の朝の6時30分なのできっと大浴場はガラガラだろうし、それにこの体のベタベタ感はどうしても耐え難い。
そう思った僕はバスを降りる際にサウナ屋さんの割引チケットをもらい、サウナ屋さんに足を向けたのであった。
もちろん、他人に裸体をさらすのは手術後初めてのことになる。
バスを降りて15分くらい歩いたところにそのサウナ屋さんはあった。
到着してちょっとしたトラブル(貰ったチケットの有効期限が切れていた!)があったものの、館内着に着替えて脱衣所に向かう。
数フロアを占有する割と大きなサウナ屋さんだったが、予想に反して結構な混雑ぶりだ。
きっと終電を逃したサラリーマンや歌舞伎町で遊び疲れた人達が利用しているのだろう。
そういえば若い頃の僕もこんな風にサウナをよく利用したものだった。
さて、いよいよ脱衣所で館内着を脱ぐ段になって、僕は急にもじもじしてしまった。どうしても脱ぐことができない。
ロッカーの前に立ち尽くしてしまった僕‥。
一瞬にしてサウナ屋さんに来たことを後悔し、その場で泣きそうになってしまったが、もう後戻りはできない。
たっぷりと5分間悩んだ末、「一人一枚まで」と書かれたタオル置き場からオレンジ色のタオルを2枚持ってきて、ようやく意を決した僕はタオルで左胸を隠しながら館内着を脱いだ。
思春期の女子中学生かと自分でも情けなくなったが、以前にこのブログのコメントでアドバイスを頂いたように、左肩からタオルを掛けて左胸を隠し、もう一枚のタオルで前を隠して浴場に向かう。
気分はビルマの竪琴の水島上等兵だ。
タオルが濡れていい具合に体にピタッと張りつくと、少し気持ちが落ち着いてきた。
まずはタオルで左胸を隠したまま体と頭を洗い、大きなお風呂の湯船に浸かる。湯船では胸の部分までお湯に浸かっているからタオルを取っても問題ない。
ようやく辺りを見回す余裕ができた僕は、周囲を観察し始める。
当たり前だが老いも若きも惜しみなく裸を晒し、すっぽんぽんになって身体を洗い、或いは湯船に浸かり、またベンチで休憩したりして思い思いに朝風呂を楽しんでいた。
この中に癌の患者はいるのかもしれないが、乳がんというのは僕だけなんだろうなあ…なんてぼんやり考えた。
久々のサウナだったが、緊張のせいでぐったりしてしまったのでお風呂だけにした。
マッサージには魅力を感じたが、体に触れてほしくないところがたくさんありすぎるのでこれも諦めた。
僕的には大衆浴場に入ったということは大変な勇気を要した大事件だったのだが、これでサウナ解禁かと言うとやはりまだ自分から進んで行く気はしない。
完全に吹っ切れたわけではないのだ。
サウナ屋さんを出ると、ヒンヤリした朝の秋風がほてった体に当たって気持ちがいい。
おっと、タモキシフェンを忘れずに飲まなきゃ…。