昔、ミクロの決死圏というSF映画をテレビで見たことがあった。
1時間だけ物質をミクロ化することができる技術が開発されたのだが、この1時間というタイムリミットを克服した科学者が脳内出血で倒れてしまう。
そこでミクロ化した潜航艇に医療チームを乗せ、脳の内部から治療に挑もうとするのだが、果たして任務を完遂して1時間以内に帰ってこられるのか!・・・というような内容だった。
1966年のアメリカの映画なので相当古い映画だが、潜航艇を異物とみなした白血球に襲い掛かかられたり、激しい血流に流されたり、または人体の精緻な働きに関心したり、子供ながら非常な関心を持って見た(もちろん再放送ね)ことを覚えている。
この映画から52年が経った2018年。
科学も相当に進んだはずだが、まだ物質をミクロ化するという技術は聞いたことがない。
もしそんな技術があれば、僕の体内に巣くう癌細胞をピンポイントで殲滅してもらいたいと思うのだが、それにはもう少し時間がかかるようだ。
しかし、潜航艇をミクロ化することはできなくても、体内の様子は52年前に比べるとかなり精密に分かってきたようだ。
テレビで2017年10月1日から7回に渡って放送された、
「NHKスペシャル 人体 神秘の巨大ネットワーク」
という番組をずっと見ていた。
タモリさんとiPS細胞の山中伸弥先生の司会の他、毎回ゲストが数名出演していた。
僕は山中先生が大好きなのだ。
番組では、CGで描かれた体内の細胞レベルの映像が本物以上(?)に美しく描かれていて、それぞれの臓器の役割が手にとるように分かるのが特徴だ。
そこで毎回話題になるのが、臓器が発するメッセージ物質。
例えば・・・骨。
骨も現代では「臓器」に分類されるようで、骨転移をしている癌患者は骨を壊す「破骨細胞」のことを聞いたことがあるだろう。
逆に骨を作る「骨芽細胞」のことも。
僕は腰椎や頭蓋骨に癌が転移をしているが、癌細胞が統制の効かない独自のメッセージ物質を発するようで、
○ 「破骨細胞」に骨を溶かしちゃえーと指示を出すと溶骨型の骨転移、
○ 「骨芽細胞」に骨を作れ―と指示を出すと造骨型の骨転移
○ 「溶かしちゃえー/作れ―」とむちゃくちゃな指示を出すのが混合型の骨転移
だと理解している。
正常な人だと骨を壊したり作ったりして3~5年で全身の骨が入れ替わり、新しく強い骨を維持することで疲労骨折を防いでいるのだけどね。
この回では、「骨芽細胞」が出すメッセージ物質・・・(これが秀逸で、記憶力や筋力、生殖力まで若く保つ力を持っている)は、運動をすることで発せられる。
逆に運動をしないとこのメッセージ物質が減少し、免疫細胞が減って免疫力が低下する。
よって、肺炎や癌になるリスクが増える…という内容だった。
興味深いねぇ。
最終回は、「健康長寿 究極の挑戦」と題して「がん細胞」のことがテーマの一つになった。
僕はかつて、ある病院の遺伝子診療科へお話しを聞きに行ったことがあり、免疫療法のことについて質問をしたことがあった。
その時先生は、
「免疫をかいくぐってできるのが癌なのだから、免疫療法にはおまじない程度の意味しかない」
って言っていた。
【参照記事】「75 男性乳がんなので、遺伝子カウンセリングを受けてきた」
この回の放送で、癌細胞は免疫細胞を手なづける力を持っているというのを見て、あの時の先生の言葉を思い出し、「なるほど」っと合点がいった。
癌細胞には「エクソソーム」というカプセルを持っていて、その中にはいろんなメッセージ物質が詰め込まれている。
その中から
・ 「血管を伸ばせー」
・ 「私を攻撃しないでー」
というメッセージを出して、転移・増殖へとつなげていく。
こうした癌のメカニズムが分かってきたので、今ではこんな研究が進められている。
○ メッセージ物質の利用
筋肉から出るメッセージ物質の中には、癌細胞をやっつける免疫細胞を活性化させる働きがあるらしい。
まだマウスでの実験段階だが、運動して筋肉を鍛えたマウスは、癌の増殖を3分の1に抑えられたという報告がある。
○ エクソソームに目印をつける
この目印をつけると免疫細胞が、「こいつは敵だ」とばかりにむしゃむしゃと食べてしまう。
つまり癌が出すメッセージ物質を潰すことで、転移や増殖を抑えるというものだ。
これもマウスによる実験段階だが、なんと転移を90%抑えられたという驚くべき結果が出たらしい。
いずれもまだまだ研究段階で、臨床レベルに下りてくるにはまだ何年も時間がかかるだろう。
また実用化されてもどんな副作用が潜んでいるかも分からない。
あの映画からわずか60年。
ミクロ化した潜航艇に乗った医者が治療するのと匹敵するほど医学が進歩したのだと思うと、山中先生をはじめとする研究者の絶え間ない努力に、頭が下がる思いで番組を見ていた。