スヴェンソンでスキンヘッドを目論んていたあてが外れ、不本意な坊主頭になった僕だったが脱毛は続く。
家の中ではスヴェンソンで買ってきた不織布の使い捨てのキャップをかぶっていたのだが、短い毛がいくら掃除をしても家の中のいたるところに落ちる。
妻に手間をかけさせても悪いので、僕が家にいるときは粘着ローラーを片手に自分が歩いたところを片っ端から掃除する。
髪の毛だけではなくすね毛や陰毛など、次から次へとはらはらと落ちていく。
不織布キャップや、枕やふとんの目地に詰まった短い毛の除去と、粘着ローラーによる掃除は僕の日課になっていった。
こういうこともあって、僕は一刻も早くスキンヘッドになりたかったのだが、自分の頭にT字剃刀を当てて剃るという行為が怖くてどうしてもできない。
ひげ剃りの延長のようなわけには行かなかった。
そんな時、ウィッグを探していた時にウィッグ屋と提携する個室のプライベート美容室があったことを思い出した。
そこは若い男性の美容師さんが一人でやっていて、一度に一人の客しか受け付けない。
そのお店でウィッグは買わなかったのだが、親身になって話を聞いてくれたのが印象に残っていたので思い切って電話をしてみると、本当は美容室なのでやってはいけないのだが、困っているのなら協力してあげると言ってくれた。
こうして僕は念願の(?)スキンヘッドになることができた。
ほやほやツルツルの頭に触れてみると、頭皮を直に触れた経験が新鮮で妙な感じがしたのと、後頭部が脂肪でぶよぶよしてるのが少し気味悪かった。(これは痩せると解消した。)
あとは頭だけが日焼けをしていないような生白さが気になったかな。
女性だとスキンヘッドのままで街を歩くことはまずないと思うが、帽子を被って近所へ散歩した折に、思いきって帽子を脱いでみた。
頭が直に風を感じて、スースーする。
すれ違う人の目線をそっと追うと、僕の頭をじっと見つめたり、クスクス笑ったり、ヒソヒソされるようなこともなく、僕のスキンヘッドはうまく街に溶け込んでいるようだった。
ただ‥。
街で同じスキンヘッドの人とすれ違うと、微妙な感情のテレパシーを感じる。
「同じスキンヘッドだねー」という同志のような親近感。
「なんだよこいつ!」という理由のない敵対心。
「俺の頭のほうが立派だろう」という優越感。
こんな経験をするのもスキンヘッドならではのことだろう。
頭の形がいい僕は優越感を感じるかな。
スキンヘッドになって怖い人になる人もいるが、幸いにも僕はかわいい部類に入るようだ。
髪の毛が抜け始めた時は男でも悲しかったし、情けなかったし、切なかった。
でも、
(どうせならスキンヘッドを楽しもう!スキンヘッドでもかっこいい人はたくさんいるんだから)
と考え方を変えようと努力してみた。
ネットで画像を検索してみると、渡辺謙、市原海老蔵・・・などスキンヘッドがかっこいい。
僕は乳がんのブログはよく見るのだが、他のがんのことはよく分からない。
抗がん剤の種類にもよるのだろうけど、他の男性は脱毛をどのようにとらえているのか気になるところではある。
スキンヘッドのままでも全然平気なのか、僕のようにウィッグを作ったのか‥。