術後、僕の所属リンパ節に20個もの微小転移があったことを主治医から聞かされると、妻は早速行動を開始した。
どこで聞きつけてきたのか、いわゆる免疫療法の「樹状細胞ワクチン」のパンフレットを持って帰ってきて、「頼むから話だけでも聞きにいこう」としつこく誘われるのには閉口した。
僕ははっきりと妻に言った。
「絶対に行きません」
と。
理由はごくごくシンプルだ。
自由診療は保険が効かなくてお値段がバカ高いからである・・・と、何も知らなかった当時はそう思っていた。
今ならお金があってもエビデンスのない治療は受けたくないと言うだろう。
僕の近所にある癌の免疫療法のクリニックは全国に4か所の拠点があるが、改めて樹状細胞ワクチンの治療費用を確認してみた。
○ 樹状細胞ワクチン療法(作製・保管料)
○ 再診料・投与手技料1セット(5~7回)
○ 人口抗原費用(80,000円~200,000円)
全部で約1,500,000円(税別)で、これに検査費用がプラスされる。
※ 人口抗原費用は最低額の80,000円で計算。
仮にこれがものすごーく効いたとしても、こんな大金を何年も支払い続けられるような余裕はウチにはない。
このような治療に費やすお金があるのだったら海外旅行に出かけ、世間の相場よりも遅く結婚した妻とたくさんの思い出を作りたい。
これが僕の「行かずに逝けるか」の原点である。
もし僕が先日癌でお亡くなりになられた中国のノーベル平和賞受賞者、劉 暁波(りゅう ぎょうは)氏のような価値ある人生を送っているのなら、たくさんのお金を使ってありとあらゆる治療法を試して寿命を延ばしてもらってもいいかもしれない。
でも、僕はこれまで極めて平々凡々とした人生を送ってきた。
そしてこれから先も何かの偉業を成し遂げるられるような人生を送れるような気がしないので、天命に抗ってまで寿命を延ばしたいとは思わない。
たとえ平均寿命よりも短い人生であったとしても、苦しまずに死ねればそれでいいと思っている。(でも末期がんは苦しいらしいけどね。)
完治困難な病気になったって言うのは、そんなもんなんだろうと思っている。
僕は専門家ではないので自分が受けている標準治療以外の治療のことはよく分からない。
しかし、金の切れ目が命の切れ目、命をつなぐために借金までしてする治療は、「ただ長生きがしたい」と思うだけでは本末転倒であるような気がしてならない。
しかし妻は僕がどれだけ言い聞かせても、どんな手段を使ってでも長生きさせたいみたいなので、ことあるごとに標準治療以外の治療について先生に尋ねてあげた。
詳しくは、
「71 男性乳がんをセカンドオピニオンで聞いてみる」
「75 男性乳がんなので、遺伝子カウンセリングを受けてきた」
で書いたとおりである。
腫瘍内科医の先生は、
○ 標準治療というのはガイドラインで定められた治療を足しても引いてもいけないものだ
○ 普通の医師ならどうして免疫療法が標準治療にならないのかよく分かっている。
○ (第三相試験が終わっていないような)免疫療法に、僕は家族を使って効果があるのかないのかという人体実験をするつもりはありません。
遺伝子診療部の先生は、
○ 標準治療以外は、(効果が実証されていない)おまじないみたいなものだ。おまじないというのは、効果があればラッキーだね・・・という程度のものだということだ。
○ 免疫をかいくぐってできるのが癌なのだから、いまさら免疫力をUPしたところで意味がない。
というようなお話をされ、僕はどや顔で妻の顔を見つめ、妻は苦い顔をして僕の顔を見つめ返していた。
「食事療法では癌の再発は免れません」
の一言でとどめを刺された妻は完全に沈没し、以来免疫療法のことは口に出さなくなった。
妻は妻で必死だったのだろう・・・。
その気持ちはとってもありがたいが、気持ちだけいただいておく。
ちなみに僕は病気以来緩やかなマクロビオティックを実践しているが、これは趣味のようなものだと割り切っている。
標準治療を精一杯やったにも関わらず、薬石効なく癌と闘う武器が尽きてしまったのなら免疫療法でも民間療法でもやればいいと思う。
効果はおまじない程度しかなくても、それで患者本人の精神の安定を得られるのならやる意味はあるのかもしれない。
中には精神の安定だけを求めて標準治療を避け、蝶々のように次から次へと高額な民間療法に走り、増悪した途端慌てて西洋医学に助けを求める方も見受けられる。
昔から、
「良薬は口に苦けれども病に利あり。忠言は耳に逆らえども行いに利あり」
と言うではないか。
多分そういった方たちは治療の結果よりも、どのような治療をしたのかという過程を最重視しているのだろう。
自分の命とお金を賭けて臨床研究をされるのだから医学界にとって稀有な存在であることは間違いないが、くれぐれも他人を巻き込むことのないようお願いしたい。
世の中には「幇助」や「教唆」という罪だってあるのだから、それと似たような行為は厳に慎むべきだ。
最後に・・・。
僕の妻がそうだったように、藁をもつかみたい癌患者とその家族の心理を悪用するビジネスが横行しているのは昔からある話だが、そんな怪しい話に腫瘍内科医の勝俣範之先生はいつも溜飲を下げてくれる。
もっと早くこの先生のことを知っていれば、妻にも紹介したのだけどね。
先生は言う。
「標準治療って言葉だけを見ると標準以上の治療があるのではないかと思うかもしれないが、現代医学で一番信頼できる最先端の治療が標準治療なんだ」
と。
免疫療法を取り扱っているクリニックのほとんどが、
○ 患者の体験談
○ 学会に発表した論文
○ 医師の主観に基づいた解説
◯ データのない治療実績の強調
をHPに載せている。
「診療ガイドライン作成の手引き2014」によれば、これらは「記述研究」や「患者データに基づかない専門委員会や専門家個人の意見」に該当し、6段階あるうちの5番目と6番目というエビデンスレベルとしては極めて低い扱いになる。
逆に高いものは「システマティック・レビュー/ランダム化比較試験のメタアナリシス」で、詳しい説明は割愛するが、質の高い研究データをブラッシュアップしたものになる。
クリニックの免疫療法ではこういった質の高いデータが一切出てこないからいつまでも民間療法の範疇を越えず、保険の効かないバカ高い治療費を請求される。
勝俣先生の手記によると、日本臨床腫瘍学会から本邦初の「がん免疫療法ガイドライン」が発刊され、その中で「免疫細胞療法はエビデンスに乏しく推奨されていません」・・・とのことだった。
妻はあきらめたようなので妻には改めて読めとは言わないけど、体を張って実験したい方は是非ご一読ください。
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<がん免疫療法ガイドライン>
免疫チェックポイント阻害剤の適正使用と副作用管理を主とした本邦初のガイドライン!
編 集:日本臨床腫瘍学会
定 価:2,160円(2,000円+税)
発行日:2016/12/20
ISBN978-4-307-10183-7 B5判・130頁・図数:36枚